スイート・プロポーズ
繋がりを...
 夏の暑さを残しつつ、季節は秋へと移り変わっていた。
 夏目の海外転勤の話は、全社員の知るところとなっていた。ある女性社員は、部長に会えないから泣いたと言うし、ある男性社員は誇らしげで、何故か自分の事のように話していたという。
 まぁ、ある女性社員は新嶋 梨乃で、ある男性社員とは倉本 淳一の事なのだが。
 そんな大ニュースに多くの社員が興味を示しつつ、誰も本人に真相を聞けないでいた。
 何故なら、夏目本人が無言を貫き通しているから。聞いてみても、適当にはぐらかすか、曖昧な返事をするだけ。
 その反応から推測するに、夏目は海外転勤を受けたくないのでは?
 そんな噂が、いつの間にか社内に流れていた。

「いいじゃない、遠距離。戻って来た夏目部長は、出世コースに乗るのよ? 優良物件が、蓋を開けてみたら土地付きで広い庭付きだった。こんな幸運、滅多にないんだから」

 お昼、円花は美琴と近くのカフェテリアにいた。昼食はしっかりと食べたのだが、初めて行った店で、あまりコーヒーが美味しくなかった。
 なので、食後のコーヒーの仕切り直しだ。馴染みのカフェなので、安心して飲める。
 しかし、美琴の選んだ話題が悪かった。噂の人だし、円花の恋人。話題にするにはピッタリだが、今は考えたくない。

「……ノーコメント」

 コーヒーを飲みながら、円花は外を見る。通りを行く人々を見ていると、季節感が分からなくなる。
 まだ夏の出で立ちの人もいれば、秋の装いの人もいる。
 まるで、自分の心のようだ。
 夏目が出世を約束されるのなら、恋人として彼の将来を応援するべきだ。
 そう思う自分も確かにいるのに、転勤の話を受けてから自分に告白した彼の気持ちが分からない。ダメ元? はじめから、終わる恋だった?
 通り過ぎていく人々の装いが異なるように、円花の心も場所によって気持ちの装いが異なる。

「悩む必要、ないと思うけど? 確かに、遠距離で自然消滅するカップルが多い。けど、繋がり続けるカップルもいる。後者は少数だけど、あんた達がその少数になればいいだけ。違う?」

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