モノクロ
 

「さーきこ」

「!」

「気を付けて帰れよ」


ゆっくり先輩の方を振り返ると、先輩は柔らかく笑っていた。

つい今まで私をからかっていたとは思えない表情に、どきりと心臓が跳ねた。

ほんとズルいよ、先輩……。


「……すぐそこですよ? 大丈夫ですって」

「家に帰って、鍵を掛けるまでが飲み会です! って習わなかったか?」

「……。習いました。紀村大先生に、今っ」

「テストに出るからな!」

「はーいっ」

「よろしい! くくくっ」


私たちは顔を合わせて笑い合った。


「じゃ、ほんと、部屋に入るまで気ぃ抜くなよ」

「はいっ、ありがとうございます。先輩も気を付けて、ちゃんとおうちに帰ってくださいね」

「ん。ありがと。ほら、入れ入れ」

「はい。おやすみなさい」

「おやすみ」


「おやすみ」と言い合う照れ臭さとほっこりとしたあたたかい気持ちを感じながら、私は先輩と別れた。


マンションのエントランスに入る直前に外を見ると、まだ先輩はいてくれて。

手を振ってくれたので私もそれに応え、後ろ髪を引かれながらマンションの中に入る。

エレベーターを待ちながら、先輩の笑顔や優しさを思い出すと胸がきゅっと締め付けられて、何故かわからないけど涙が出そうになった。

……好きな人を想って涙を流すあのマンガの主人公の気持ちが、少しだけわかった気がした。



先輩に出逢ってやっと丸1日が経つ頃。

私は紀村先輩に、恋に落ちていた。

 
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