強引にされたら気持ち、揺らぐんだってば

バー。

「そ、僕んち。ここ車おいとくから。代行って嫌いなんだよねー」

「そうですよね、それならタクシーで行った方がいいですよね」

 着く前にどこか電話してたと思ったらハイヤーか……。

 マンション前には既に黒の車両が一台停車していた。そこにいそいそと乗り込む2人。

 タクシーの中ではハルトは終始黙り気味で、やっぱり芸能人の情報とかってこういうところが漏れるから気にしてるのかなあと勝手に想像して、一緒に黙った。

 走ったのはほんの10分くらいだろう。

 着いた店は小さくてほの暗い。穴場スポットだと聞いて納得する路地裏の小洒落た店だった。

 しかし意外、中に入るとブルーの照明がとても綺麗で、それだけで酔った気分になれる。人が一人しかカウンターに座っていないのが、不思議なくらいだった。

「今日はすいてるねー」

 ハルトはカウンターの端に腰掛けた。つまり私もその隣に腰掛ける。

「ハルトさんが来るっていうから客追い返したんだよ」

 60くらいのマスターはこちらに向けてにこっと笑った。いや、知らない人。

「えっとねえ、軽いの2つ。なんかジュースみたいなの」

「はいはい」

 マスターは機嫌よくその場から引く。

「ハルトさんもジュースみたいなの、飲むんですか?」

「今日はあんまり酔いたくないから」

 え、さっき酔う気満々だったじゃないですか!?!?

「そうなんですか……」

「明日は何するの?」

「明日は……特に予定ないです。突然だったんですよ、この休みは。いつも月末にシフトが決まるので、こんな月の初日から3連休だと予定も組めないんです。だから明日は適当に休みの友達がいたら買い物でもしようかなあ、くらいのものです」

「いいねえ、のんびり。僕も休みもらおうかなあ」

「芸能人の人って全然休みないってイメージですけど、あるんですか?」

「基本的にはないも等しいかなあ……。けど月に何日かは仕事しない日いれてもらってる。できるだけ」

「さすがに毎日仕事だと大変ですよね」

「うん、仕事以外でしなきゃいけないこともたまってくるし」 

 ってそれは例えば洗濯とか?

「さっきのマンションはハルトさんが住んでるマンションなんですよね?」

「うんそう、一人暮らし」

「え、あ、そうなんですか」

「結婚してると思ってた?」

「いやー、そんなイメージはなかったですけど。なんというか、住み込みのお手伝いさんとかはいるのかなあと」

 という彼女とか。

「いないよ、人に任せるの嫌いだからね、時々姉貴が来て掃除するくらい」

「へえ……」

 彼女もいないのかな……。

 まあ、ゴシップのつもりで聞こう。個人的に興味があるわけじゃないし。

「はい、どうぞ」

 よいタイミングでカクテルが2つ。オレンジジュースみたいな色で、淵にはオレンジがささっている。

「これならのめそうです」

「じゃ……乾杯」

 いや、ハルトならここでなんか浮いたセリフでも言って乾杯の音頭とるのかなあと思ったら、意外にも普通だった。まあ、こんなバーで言うと恥ずかしいか……。

 一口飲んでからタイミングをはかって尋ねる。

「ハ……」

「あの……先どうぞ」

 と言われて、いや、あのとぐだぐだやるよりは先に言い出した方がいい。

「ハルトさん、彼女とかいないんですか?」

「今ね、僕も同じこと聞こうとした」

「私はいませんよ、というか、いたらきませんよ!」

「そうだろうね……いや、僕も同じだよ。彼女いないから誘ったの」

 意外に硬派?

 ってそれ聞いたからって先に続くような会話があるわけじゃないんだけど。

「ユウジのことは……なんというか、男としてみてないの?」

「え? 私がユウジさんを、ですか?」

「うん」

「ないですよー(笑)。あったらとっくにいってると思いますよ、この3年間の間に」

「それもそうだね。僕たちはさこの3年間、出会えそうで出会えなかったんだね」

「え、まあそうですね……今回のユウジさんの思いつきがなければ」

「でも僕は聞いたことはあったよ。電気屋さんでひいきにしてる子がいるとかそういうのは。けどそれくらいだったかなあ」

「私もその程度ですよ」

「なんかさ、もっと早く出会ってればってちょっと思うよね」

「え……そうですか?」

 疑問系が失礼な気がしたが、出たものは仕方ない。

「うん、僕はね」

 え゛、目を見てそんなこと言われたら、私も、とか言うべきなのだろうか……。

「……そうですね」

 何ともとれない相槌をとりあえず打ってみる。

「この後さ、ダーツバー行かない?」

「え゛、まだ飲むんですか!?」

「まだって何も飲んでないじゃない(笑)。いや、そこはダーツしにいくの」

「ああ……私、したことないですけど」

「あ、そうなの?いつもどんなとこで遊んでんの?」

「えー……男の人と、って意味ですか?」

「いや別に。どんな人とでも」

「うーん。いつもは仕事して……休みの日は片付け?とかカラオケ……とかランチ」

「夜はいかないの?」

「あんまり。夜遊びする友達いないし。大体仕事の人と出かけるんですけど、皆次の日のこと考えて出歩かないんですよ。あ、時々ゲームもする。テレビゲーム」

「はああ……もっと世の中知らなくちゃ駄目だよ」

「え、そうですか?」

「うん。とりあえず、今日はダーツバーに行こう」

「……はい」

 まあ、明日も明後日も休みだからまあいいけど。

 一杯だけカクテルを飲んで店を出る。

 次にタクシーで移動した店は、またもや入りづらそうな店。

「ハーイ」

 ってここどこ!?

 まあ日本なのは分かってるけど……。

 なんかハイタッチで挨拶? なんか芸能人ってすごいなあ。いや、相手は一般人っぽいなあ。

 とにかくハルトの後に続く。

 わいわいがやがやした店内では、音楽が鳴って隣の人の声も聞こえないし、皆酔った風でちょっと怖い。ダーツバーと聞いて、ダーツしかないと思いきや、ビリヤードやバーカウンター、ボックス席など想像以上に広くて驚いた。こんなところにハルトがいていいのかそれが心配になってくる。

 ハルトが一番奥の小さなテーブルに肘をついて席をとり、手招きしてくれる。手の中のダーツがもちろん持ち慣れていて、初心者が見てもビギナーでないことはすぐに分かる。

 とりあえず、ハルトが率先してダーツを投げ始めた。へー、うまい具合に、何本も的の中心に刺さっている。

「すごいですね!! 真ん中です」

 思ったままを言いながら、初めて近くに立ち、ハルトの背が予想以上に高いことに気付く。

「投げ方教えてあげる」

「え」

 いや、私見てるだけで充分なんですけど。

「まず投げてみて」

 えー……そんなつもりで来たんじゃないんですけど!!

心の中で叫びながらバッグをテーブルに置いて、見よう見まねで投げた。

 もちろんどこにも当たらない。ダーツは的より一メートルほど下にずれたところにカツンと当たると、無残にもそのまま下に落ちた。

「全然ダメです……」

「力が足りないね。こうやってね……こう」

 いやらしい感じではない、むしろほんとうにただ形を教えるだけといった雰囲気で腕や背中を触る。

「えいっ」

 ってとりあえず格好だけうまくして飛ばしたって、どこにも当たらない。今度はむしろ隣の的に近いくらいの、木枠に当たり、カツンとまた落ちた。

「あのっ、的あそこだから(笑)」

 ええ、ええ、知ってますとも!! 見えてますとも!!

「難しいです」

「腕を真っ直ぐ振らなきゃ」

 ジェスチャやってくれたって……。

「うまい人のを見てる方が楽しいです」

「でもやんなきゃうまくなくないよ?」

「ですけど……」

 だって別にやりたいとか、うまくなりたいとか、誰も言ってないし……。

 ってなんだか、あーだこーだやってなんとか的に当たりそうになる頃に、ハルトの知り合い夫婦らしき人が来て。その夫婦と私達でダーツ対決することになって、ルールも分からずむしろ的に当てることもできず、まったくつまらない時間をなんとか笑顔で過ごした。

 もちろん私達のチームの負け。なんかハンディもつけてあったけど、まあ、たまにハルトが負けるのもいいって言ってたし、いいんじゃないかな。

 そんでもって4人でアルコール片手に休憩。もちろん3人で盛り上がって話しをしていることがほとんど。まあ楽といえば楽か、と一人ペースを上げて飲んでいた。

「……、紗羅ちゃん、ペース早くない?」

 だって暇だし、仕方ない。まだ皆一杯目なのに、一人3杯目に移ろうとしていた。つまり、今日4杯目のカクテル。

「喉が渇いたので……」

 なんかそんな理由しか思い浮かばない。

「大丈夫? ……酔ってるよね?」

「え、いえ、大丈夫です。酔ってる感じはありません」

 特に意味もなく、そこに顔があったので、正面の男の人の顔を見つめた。

「酔ってるよ(笑)。目が違う。とろんとしてるよ」

 正面のその人が笑った。

「ああ、ダメダメ。誘惑しちゃ。もう帰ろう」

「そだねー。私も明日仕事だし」

 斜め前の奥さんが言った。

「え、これまだ飲んでない……」

 目の前のカシスオレンジはまだ一口しか飲んでいない。

「僕が飲むから」

 ハルトはこちらの意見も聞かず、カクテルを一気飲みしようとしている。

「私、トイレ行ってきます。どこですか?」

「あっちよ」

 奥さんは分かりやすく、指を差してくれる。

「あ、はい、すみません」

 トイレまで少しの距離。だがその距離が長く感じて思う。

 なんかハルトに振り回されている。今日も確かに飲みたいとは言ったけど、こんな風に飲みたいわけではなかったし、知らない人を紹介されたって、結構年いってるみたいで全然面白くないし。

 トイレに入る角まで来た時、隣に人がいることにようやく気づいた。

「ねね、ダーツしない? 一人足りなくて困ってんだ」


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