殉愛・アンビバレンス【もう一つの二重人格三重唱】
翼のいる場所
 翼が帰って来たのは、日高家に行った三日後だった。


「どうした翼。最近様子がおかしいぞ」
たまりかねて忍が聞く。

もう黙っていられない。
忍は決意していた。


「あっすいません。何かこの頃ボーっとして」
やっと翼が話す。

変わらない声に一同はホッとして翼を見つめた。


「今まで頑張ってきたでしょう。きっと疲れが出たのよ。そっとしておいてやりましょうよ」


「うん。きっとそうだな」
純子がそう言ったので、忍も言わざるを得ない。

でも忍は翼の内面を見抜こうとしていた。


幾ら目を剥いても何かが判るはずもなく、忍は目を伏せた。




 「でも、嬉しい。帰って来てくれて嬉しい」

陽子は頷きながら、翼の手を堅く握り締めた。


「ごめんね。心配ばかりかけて」
翼は陽子の手を優しく握り返した。

レイプ・妊娠・憎むべき両親の死。

心を痛めることばかり起きて、バランスが保てなくなったのか、翼はボロボロになっていた。


「いいのよ翼。好きなようにして。何時か又、優しい翼に戻ってくれたら」
陽子は、翼自身で乗り越えなくてはならないと思い、見守ることを決めていた。




 久しぶりに翼が陽子に甘える。

陽子はそんな時何時も、翼の頭に手を持って行きそっとハゲを探す。

でも何処にもハゲは無かった。
陽子は青ざめながら必死に探した。
そして、やっと小さな窪みを見つけた。


「もしかしたら小さくなったの? それとも……」
陽子は自分の考えが恐ろしくなり、翼からそっと離れた。




 陽子は翼の異変に気付いていた。

時々誰かと話している。
でも傍には誰も居ない。

そんなことばかりだった。

でも翼は相変わらず優しかった。
それだけが陽子の救いだった。




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