君に愛の歌を、僕に自虐の歌詞を





再度抱き締めてきた函南くんの背中は温かかった。 程良い心地よさで、目蓋が重くなる。


「函南くん……」

「ん?」


少しずつ遠くなる意識の中で、ぼんやりとした声で話し掛けた。


「ごめんね。 …………本当にごめん」


何にも答えてくれなかった。 どう答えたら良いのか解らなかったのかも知れない。 私自身、どう答えて欲しくて言ったのか解らなかった。


函南くんは好きだ。 一緒に居たら抱き締めて欲しいしキスして欲しい。 私の事を見る時の、あの愛おしそうな眼差しも好き。
それに、函南くんと一緒に居ると安心する。


誰かに愛されるというのは、思っていた以上に感動的なものだ。 乾燥してひび割れた地面に、如雨露で水を掛けたように、心が生き返った。

でも、やはり私は函南くんと同じ気持ちにはなれなかった。 それがとても申し訳なくて、思わず謝った。


「もう寝な。 大丈夫だから」布団を引っ張り上げて二人の肩に被せ、函南くんは私の頭を抱き寄せて囁いた。 その声には再会した頃からあったいわゆる“オドオド”とか、緊張はもう無かった。 短期間の間に彼が大人になったような気がして、胸がきゅうきゅうと締め付けられた。
私も大人になっているのだろうか。 成長出来ているのだろうか。












翌日、朝6時に目が覚めた。
隣で眠る函南くんを起こさないようにベッドから降り、シャワーを浴びた。 その後リビングでギターを抱えて曲を作った。


朝の静かな空気が、ギターの音で震える。 それを聴いて、口元が自然と笑みを作った。


そして口ずさんだメロディーは、私にしては優しいものだった。




「…………うわ」


サビの部分を歌っていた時、リビングに函南くんが入ってきた。


「なにそれ。 なんかいいなそれ。 なにそれ」

「今作ったやつだよ。 シャワー浴びといで、朝ご飯作るから」


ジーンズを履いて上半身は裸の格好で、女の子みたいに頬を手で押さえている。 それを見て体がふにゃふにゃに溶けそうだった。

そんな彼にバスタオルを押し付けて脱衣場に行かせた後、走って近所のコンビニまで行って男性用の下着とシャツを買った。 別に恥ずかしくは無かったが、急いで行ったので寝ぐせを直して居なかった事は、ちょっと後悔した。 帰宅してから、「プリンを買いたかったな」と、それもちょっと後悔した。


下着とシャツを脱衣場に置いた後、キッチンで朝食を作った。 カフェのオジサンに作り方を教えて貰ったフレンチトーストとコンソメスープ、あとは刻んだ人参とほうれん草を卵に混ぜて作った卵焼き。 我ながら上手く作れた。 自分すげーな、と自画自賛しながら皿に盛り、カウンターの外にあるテーブルに並べていると、シャワーを浴びて出てきた函南くんがリビングにやってきた。


「いい匂い」

「できたてですよ」


頭にバスタオルを被り、私が買ってきたシャツを着ている。 多分私が買ってきた下着も履いてる。


「シャツ、有難う」

「パンツは?」

「…………履きましたよ」

「トランクスで大丈夫だった? ボクサーパンツが良かったなら、また買いに行くよ?」


そう言ってからかうと、函南くんは解りやすいくらいに顔を真っ赤にした。




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