君に愛の歌を、僕に自虐の歌詞を




と、いうことで。
今度函南くんと会った時に、私の代わりに返してもらう事にする。
余談だが二冊とも夏目漱石である。 どことなく冷淡で客観的な文章が好きだ。






その日、夜にまたあのカフェに行ってみた。 ギターは持ってない。 あの三万円はジーンズの尻のポケットに入れてる。 もし相楽が来ていたら、すぐさま返すつもりだ。

私を見た瞬間、オジサンは痛そうな顔になった。


「今日はタダで食べていいよ」

「いやいや、それは……申し訳ないので遠慮します」

「申し訳ないのはこっちだよー! あの馬鹿息子がとんだ事を」

「オジサンは悪くないですよ」


店内を見回したが、相楽の姿は無い。 避けてんのか私を。 嫌な奴だな。 言うだけ言って逃げんのかよ。 蹴っ飛ばすぞ。


「じゃあせめて、飲み物とケーキはタダにする」

「飲み物だけでいいです」

「いや、ケーキも食ってね」


これ以上拒否したら気まずくなると思ったので、有り難く受け入れる事にした。 オジサンは大きな溜め息を吐いて、


「あいつはさ、昔っからああなんだ」


何とも困った様子である。


「卑屈なんだよね。 バンドやり出す前も、やり出してからも、デビューしてからも、まっっっったく変わらずに卑屈な暗い奴」

「うん。 それは昨日、数秒間見ただけでよく解りました」

「バンドのメンバーはさ、皆幼なじみで、あいつのそういう所に慣れてるからいいけど。 ……初対面の人にあんな態度とるのは止めて欲しいわ」

「……大変ですねぇ」

「今度あいつに嫌な事言われたらさ、遠慮しなくていいから、メッタメタにぶん殴っていいよ」

「え……?」


そんな事はしたくない。 殴ると手が痛くなるし。 相楽が殴られるところは見てみたいけど。

ハンバーグセットを注文して、私はカウンターの席に腰掛けた。 肘をついてる私の前に、水の入ったコップが置かれる。


「もっと愛想のある奴になってくれたら良いけどさ、――――俺にはどうにもできん」

「あはは……」


こんなに優しいオジサンから、あんな冷徹クソ野郎が生まれたなんて信じらんない。


「あいつが子供の時は、あんなに暗い奴になるとは思わなかったよ」

「うーん」

「よくモノサシでテーブルの端をギーコギーコしてたんだわ、ノコギリみたいに」


と、昔を懐かしむように遠くを見るオジサンの目は、相楽のアレとは全然似ていない。

相楽の目は死んでいた。 真っ黒だった。 まさに死んだ魚の目である。
オジサンの暖かな瞳とは全然違う。 確かに目元から鼻筋にかけての形なんかは、すごく似ているのだが。


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