いつか、きみに、ホットケーキ
18. 明くる朝

朝の光が眩しい。湖山は、ソファの上で目覚めた。ギシギシする体を起こして、昨晩呑んだバドワイザーの缶が二本テーブルの上に置いてあるのを見ていた。ソファの下に一本あるのは飲みかけで寝てしまったのだ。「倒れてなくてよかった・・・。」湖山は飲みかけの一本をテーブルに乗せる。

テレビが朝のニュースを流している。体のあちこちが痛い。腕を伸ばしたり、腰に手をやってぐっと反ったりして、座ったまま身体を縮めたり伸ばしたりする。

昨日、大沢が来るはずだったんだけど・・・。携帯電話を探す。テーブルの上、ソファの上、ソファの下・・・テーブルの下に見つけて着信を確認する。湖山が家に着いて程ない時間に何度も掛かってきている。そして真夜中に一回。気付かなかった。そんなに寝入ってたのか・・・。

玄関の前で立ち尽くす大沢を想像した。インターホンを鳴らして、携帯電話を鳴らして、湖山とつながらない、大沢はどんな顔をしてドアの前にいたんだろう。どれくらいの間、そこにいたんだろう。携帯を握り締めてドアの前を去っていく大沢を脳裏に描いた。(待って!待ってくれ!!)

朝早い時間だけど掛けても大丈夫だろうか?寝てるかもしれないけど・・・。起こしちゃうと可哀想かな・・・。少し躊躇った後、発信ボタンを押す。

携帯電話を持っていない方の手を反対の肩越しにやって体を捻ると気持ちよく筋が伸びた。テレビは天気予報をやっている。手を解きながら晴れマークや雷のマークが並ぶ表を上からなぞって「東京」という文字を見つける。今日の天気は・・・。

ベルが鳴り続けている。
大沢は出ない。
もう一度掛けなおす。

携帯電話を反対に持ち直して、反対の筋を伸ばす。東京の天気は・・・。九州・・・沖縄・・・今日の天気はどうなんだろう・・・。ベルは鳴り続けている。留守番電話サービスにつながる、と機械のオペレーターが言う。湖山は何も言わずに電話を切る。

新製品の浄水器のCMを流し始めたテレビを横目に、湖山は携帯電話を持って浴室へ向かった。洗濯機の上に携帯電話を置いてシャワーを浴びる。もう、どうでもいいや、という気がした。苛々した気持ちも寂しいような気持ちも今朝はもうない。大沢が言いたくなかったんなら、それでいいじゃないか、と思う。

何も変わらない。大沢と一緒に仕事をすると捗る事も、一緒に飯を食いに行くといつもすごく楽しい事も、自分にはもったいないくらいいつも気を使ってくれる大沢の居心地のよさも、大沢が別の人間になるわけではないのだから。

髪が伸びた。バスタオルを取る湖山の素足の甲に、白い首筋に掛かった襟足の毛先からポタポタと水滴が落ちている。洗いざらしたタオルは夏の朝には気持ちがよかった。

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