夜香花
「お前は羽月よりは、使えるようだな」

　部屋の中の、いつもの定位置に腰を下ろしながら、真砂が言う。
　捨吉は、まだ落ち着かない様子で部屋の中を窺っていたが、当の真砂が何ら気にする素振りも見せないので、やがてそろそろと入り口近くの床に膝を付いた。
　完全に腰を下ろさないのは、警戒している証拠だ。

　真砂に、ではない。
　捨吉にとっては得体の知れない、真砂以外の気配に対してだ。

　真砂は、ちらりと視線を上に上げた。
　折良く深成が梁に飛び上がった直後に捨吉が来たので、存在がバレずに安心した深成だったが、前の羽月とは違い、今下にいる少年は、僅かな気配も察知出来るようだ。

---落ち着かなきゃ---

　変に気を乱せば、たちまち感づかれてしまいそうだ。
　深成は小さくなりながら、必死で息を整えた。

　が、焦れば焦るほど、息を整えるのは難しい。
　いきなり少年が、上を向いた。
　心の臓が口から飛び出すかと思うほど驚き、そのために、深成は梁の上で体勢を崩した。

「ひゃっ……」

　小さく息を呑んだときには、深成の身体は空中へ。
　そのままどすんと、真砂と捨吉の間に落下した。

　しん、と沈黙が落ちる。
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