夜香花
 とりあえず、いつまでも部屋の中央に蹲っているわけにはいかないだろう。
 深成が蹲ってるのは、二人の間だ。
 結局深成はこそこそと、壁際に引き下がった。

 捨吉は納得しかねる表情だったが、この家の主である真砂が気にしていないのならしょうがない。
 その場にやっと、腰を下ろした。

「前にも報告したように、伊賀の辺りは、もう忍びの者はおりません。いえ、いることはいるのでしょうが、表立って忍びとして生きている者はいない、というのが現状です」

「里に残っている者もいる、ということか」

「ほとんどおりませんが。おそらく仕官のならなかった者らではないでしょうか。統率する者もいないわけですし、天下人に目を付けられて焼き払われたのですから、そうそう雇い手もありますまい」

「焼き討ちに遭った当時ならな。でもそれも、もう随分昔の話だろ? 俺が産まれて間もない頃だぜ」

 伊賀の里が焼き討ちに遭ったのは、およそ二十年前。
 太平の世ならともかく、今は特に、下界では大戦が頻発している。
 人手の選り好みなど、している場合だろうか。

「ま、こんな時代だからこそ、余計人選に慎重になるのもわかるけどな。変に裏切られたら、それこそひとたまりもない」

 顎を撫でながら言う真砂に、捨吉は大きく頷く。
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