夜香花
 何があっても党を一番に考える忍びが、味方を裏切ることなどあってはならない、と、長老は厳しい顔で言う。
 そう言われてよく考えてみると、真砂は党を第一には考えないかもしれないが、裏切ることもないだろう。

 裏切りという行為は、この戦国の世では日常茶飯事だが、実はその者の信用を著しく失墜させる。
 今まで味方であった者を裏切って敵に寝返った者は、そのときは敵方に歓迎されるが、決して信用はされないものだ。
 一度裏切り行為を働いた者は、いつまた同じことをするか、知れたものではないからだ。

 ただでさえ脅威な忍びの党では、それ故裏切り行為は絶対にしない。
 正体不明な上に信用のない者など、いくら優れていようと、誰が召し使おうと思うものか。

「娘は、相当な葛藤があったようじゃな。御影や、我が子をみすみす危険に晒すことは出来ない。だが主を裏切るわけにもいかない。悩んだ挙げ句に出した答えが、どちらも裏切らない、ということかの。主からの使命は果たす。が、己はここで、里の者と運命を共にする」

「……真砂はそれを、知ってるの?」

 当時真砂は五つぐらい。
 深成は五つの頃の記憶などおぼろげだが、目の前で両親が殺された記憶であれば、残っているかもしれない。
 だとしたら、相当な衝撃を受けただろう。

 長老は、曖昧に口を開いた。

「どうであろう。じゃが、娘の下から血まみれで這い出してきた頭領は、信じられないことを口にした」

「?」
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