夜香花
「うぎゃああぁぁぁ……」

 呆けた深成の耳に、男の悲鳴が飛び込んできた。
 すぐ前で、男が白目を剥いている。
 真砂が右手に持った小柄を男の右胸に突き刺し、そのまま左の肩先まで斬り裂いたのだ。

 小柄を男の身体に残したまま、真砂は立ち上がった。
 右手で押さえた左腕からは、血が糸を引いて垂れている。

「真砂……」

 倒れた男からこぼれた懐剣を取りながら、深成はようよう口を開いた。
 声が震える。

 深成のすぐ横に落ちているのは、真砂の左腕だ。

 深成は震える手で、とにかく男から帯を奪った。
 今するべき一番のことは、血を止めることだ。
 深成の力では、自分の袖を千切ることは出来ない。

「真砂。とりあえず、止血を……」

 言いながら真砂に駆け寄り、斬り口の少し上を、ぎゅっと縛る。
 が、手が震えている上に、元々力が弱いこともあって、上手くいかない。
 真砂は深成の手を払うと、帯の端を咥え、右手で強く縛った。

「……行くぞ。歩けるな?」

 息をついて言う真砂に、深成は、こくりと頷いた。
 涙が、後から後から溢れてくる。

 まさか真砂が、腕を失うような事態に陥るとは。

 ぼろぼろと涙を流しながら、深成は懐剣を握りしめ、真砂の後に続いた。
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