夜香花
---あれ? でも、前に河原でわらわ、真砂の背中拭いたことあるな---

 ま、あれは有無を言わさず強引に拭いたから仕方なく、だろうけど、と思いつつ、そろりと視線を真砂に向けた。
 さっきはこちらを見ていたが、今はもう、真砂は頭を垂れている。

 考えてみれば、怪我をしてから結構経っているのだし、さっきだってこちらは向いていたものの、その目には何も映っていなかったかもしれない。
 意識があったとしても、とにかく今は、抵抗する体力などないだろう。

 そこまで考え、深成はずいっと真砂に近づいた。
 そのまま帯に手をかけ、一気に解く。
 今だと思ったときにやってしまわないと、一瞬でも躊躇ったら、もう再開できない、と、深成はてきぱきと真砂の着物を脱がしていった。

「拭いたほうが良いんだろうけど……。でもあんまり乾いた綺麗な布は、無駄遣いしたくない。幸い拭くほど水滴はないし……」

 ぶつぶつ言いながら、深成は片手で筵を引き寄せると、着物を脱がしつつ真砂を筵の上に寝転がそうとする。
 上体を倒そうとしたときに、真砂は抵抗するように、身体に力を入れた。
 寝転がることに、抵抗があるようだ。
 無防備になるのを避ける、本能的なものだろう。

「何警戒してんのっ。そんなこと言ってる場合じゃないでしょ。寝ないと、治るものも治らないよっ」

 手負いの獣にこのようなことを言ったところで仕方ないのだが、深成は、えい、と真砂の肩を押した。
 普段なら考えられないほど呆気なく、真砂は筵に倒れ込む。

「よっこらしょっと」

 ふんぬっと真砂から着物を剥ぎ取り、ふぅ、と息をつくと、深成は再び奥からもう一つ筵を引っ張り出し、真砂の上にかけた。
 そして引っ張り込んだ蔦葛を火の近くに張り、着物を干す。
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