夜香花
第三十六章
「姉君は第一子ということもあり、また大名の姫君として育てられたので、言ってみれば表の存在。於市様は姉君の後すぐにお生まれになられたこともあり、人の目にあまり触れることなく生まれ落ちた。どうしても、第一子というのは祝われるもの。家臣などに存在を知られている姉君様よりも、隠すなら於市様のほうが良かったのも事実。於市様は姫君らしい手習いよりも、若君のような武芸に興味を示されたため、男子のおられぬ殿は、面白がられて我らに託されたのだ」

「れっきとした大名なのに、随分ふざけた人だな。面白がって、娘を忍びに預けたの? 姫君なのに、それなりの大名家の姫がそんなんで、将来困るんじゃないの?」

 大名の姫君など、捨吉は見たこともないが、少なくとも屋外で駆け回るような人間ではないはずだ。
 日がな一日、部屋の中で、裁縫や読書をしているものではないのだろうか。
 捨吉の疑問に、六郎は曖昧に笑った。

「殿は基本的に、やりたいようにやらすのだ。個々の考えを尊重する、というのか。武家の娘だからとて、外で遊ぶのを止めたりはせぬ。むしろ於市様の才能をいち早く見抜き、いざというときのために備えておられたのやも」

「それで、こいつが深成と名乗るようになったのは、湯浅五助に預けるためか」

 微笑ましい家族の団らんの話など、どうでもいい、という風に、真砂が先を促した。

「まさか忍びの里で『於市様』と呼ぶわけにもいかぬしな。身分を明かすようなことをすれば、隠した意味がない。深成の党は随分昔に滅んだ党だ。五助殿に連なるようだった。詳しくは語らぬが。五助殿が、是非に於市様を『深成』としよう、と」
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