夜香花
 捨吉は身体を起こすと、また、くしゃ、と深成の前髪を乱すように撫でた。

「頭領は、言ってしまえば自分の欲望に忠実だから、そのうちお前を奪いに行くかもよ」

「え」

「今はさぁ、まだ自分の気持ちに戸惑ってるのかもよ。多分お前のことを気に入ってるっていうのを自覚したって、初めてのことだろうし、どうしていいのかわからないのかも」

「奴は、そんなに初心(うぶ)な男には見えなかったが」

 六郎が、少し渋い顔で言う。
 途端に捨吉は吹き出した。

「初心? ははっ。それほど頭領に似合わない言葉はないな。確かに人を好きになったのは初めてかもしれないけど、そんな可愛いもんじゃないよ。深成が好きだ、と自覚したら、お前らを皆ぶっ殺しても奪うほどのお人だよ」

 また六郎は、顔をしかめる。
 そういう気持ちに純粋に従ったら、確かにそれぐらい、しかねない雰囲気だった。

「物騒な男だな」

「そうさ。恐ろしいお人だよ」

 どこか誇らしげに言った後、捨吉は深成に視線を戻した。

「深成がさ、頭領のことを、ほんとに想ってれば、きっと頭領は、お前を迎えに行くよ」

「だって……。そんなの、わかんないじゃん。大体真砂が、そこまでわらわのことを想ってくれてるとも思えないし」

 深成は膝の着物の切れ端に視線を落としたまま、ぼそぼそと言う。
 真砂の気持ちはもちろん、自分の気持ちもよくわからないのだ。
 真砂の傍にいたいとは思うが、果たしてそれは、真砂を好いているからなのか?
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