夜香花
『姫、喜べ! 片倉家の嫡男との婚儀が整ったぞ! 小十郎殿は勇猛で、太閤殿の覚えもめでたいという、素晴らしいおかたぞ。美貌の持ち主じゃというし、姫とは似合いじゃ』

 父がある日、満面の笑みをたたえて深成に報告した。
 父はその小十郎なる人物のこともよく知っているようだったが、ただでさえ人生の大半を、大した人との交わりなく生きてきた深成には、まだ世間の情勢や大名同士の力関係などもわからない。

 ただ、そうですか、としか、答えようがなかった。

 己の婚儀の話を父からされても、さほど心が動かなかったのも不思議といえば不思議だった。
 見も知らない男に嫁ぐことなど出来ない、と泣いたのが、ほんの三年前なのだ。

 現実にそういうことが身の上に降りかかってくると、案外何とも思わないものなのだな、と、どこか他人事のように、ぼんやりと思っただけだった。

「於市様。……よろしいのですか?」

 不意に、六郎が深成に問うた。
 深成は顔だけを、六郎に向ける。

「それがしが、このようなことを言うのは、不本意ではありますが。於市様は、このように諾々と殿の言いなりになるようなおかたではない、と思っておりましたが」

「言いなりも何も。父上は、わらわのことを想って、いろいろしてくれてるんじゃん」

「しかし、殿が於市様をお気にかけるのは、於市様のお元気が、戻られてからみるみるなくなったからです。殿も薄々、気づいておりましょう。於市様が、ここに来る前は、とびきりお元気だったことの理由を」

 深成が首を傾げる。
 何のことを言っているのか、という表情だ。
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