夜香花
「な、何だと?!」

 真剣な態度に対してこのようなことを言われ、六郎はいきり立った。
 が、真砂はうるさそうに、ひらひらと手を振る。

「お前はこいつに構い過ぎだ。こいつだって、もうガキでもないだろ。てめぇのことぐらい、てめぇで決める。お前がそこまで心配することはない」

「於市様の心はわかっている! それがしは、お主の心を聞いているのだ!」

 眉間の皺はそのままに、真砂は六郎を睨んだ。
 口はへの字に曲がっている。
 捨吉が、密かに後ろで笑いを噛み殺した。

 真砂の性格からいって、このような他人の前で、己の気持ちを自ら告白するなど、絶対にしないだろう。
 今まで自分的には縁のなかった、色恋絡みなのだ。

 だが今の六郎の勢いからすると、真砂の誓いなくして大人しく引き下がることはないような。

---頭領、内心困ってるだろうな。どうするんだろう---

 吹き出したいのを必死で堪えながら、捨吉は真砂の後ろ姿を見つめた。
 しばらく六郎と睨み合った後、真砂は乱暴に、深成の腕を掴んで足を踏み出した。

「待たぬか! まだ答えを聞いておらぬ!」

 そのまま横をすり抜けようとした真砂に、六郎が食ってかかる。
 肩を掴もうと伸びた六郎の手を、真砂は身体を捻って避けた。
 そして、足を止めずに、キッと六郎を睨み付けた。

「そんなこと、言われんでもわかるだろう! この俺が、何とも想ってない女一人のために、わざわざこんなところまで出張ってくると思うのか!」
< 523 / 544 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop