夜香花
「……ったく、ほんとにお前は阿呆だな。その緊張感のなさ、ちょっと普通じゃないぞ」

 刃を引き、真砂は小刀を鞘にしまった。
 大きく息をつき、深成は身体の力を抜いた。
 一瞬にして、極度の緊張に固まってしまっていた身体が、急速にほぐれていく。

 深成は思わず、その場に両手を付いた。
 その手が、小さく震えている。

「お前は一体、どういう者なんだ。初めは通いで働いていたようだな。忍びの術は、誰に習った? お前が最後の一人だな? だが本当にお前一人しかいないのなら、わざわざ通いでなど、奉公に出さないはずだ。帰るところなど、ないはずだからな」

 いつものように壁にもたれ、片足を伸ばした真砂が言う。
 伸ばした真砂の足が、すぐ傍にいた深成に当たった。
 きつく蹴られたわけではなく、軽く当たっただけなので、千代のように吹き飛ぶことはなかったが、深成はそのまま、その場にころりと転がった。

 深成のことは、捨吉と羽月に探らせているが、どうもはかばかしい成果が上がってこない。
 よっぽど探るのが難しいのか、単に二人が能無しなのかはわからないが、今のところ、何もわかっていないようだ。

 二人は焦っているようだが、元々真砂は二人のことなど、端から当てにしてない。
 深成が手の内に入ってこなければ、そのうち自分で動いていた。
 深成が目の前にいるのなら、本人に聞けばいいことだ。
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