ペテン死のオーケストラ
振り向いたマルメロは、一瞬にして声の主を思い出します。

印象的な濃い青の瞳に、だらし無い服装をした男性。

以前、テラスで出会った男性です。

「もう少しで、マルメロ様を描ききれたのに残念です」

男性は、恥ずかしそうに笑います。

マルメロは、とても懐かしい気持ちになっていました。

「お久しぶりですね。まさか、貴方だとは思いませんでした。え〜と、お名前は…?」

「ストケシアです。覚えていらっしゃるのですか。もう6、7年前の事ですよ。マルメロ様が、このテラスに現れたのは。俺は忘れませんが、マルメロ様は忘れていると思っていました」

「正直に言うと、今まで忘れていたわ。でも、ストケシアの顔を見た瞬間に思い出したのよ。それにしても、偶然ね。まさか、同じ場所で再開だなんて」

「偶然ではないですよ。俺は毎夜ここに来ていますから。マルメロ様が城に来られた日からずっとテラスで待っていたのです。マルメロ様を描きたいと思っていましたから」

「あぁ、そうね。以前も、おっしゃってたわね。確か、この城に仕える画家なのでしょ?なら、すぐに私に声をかければ良いのに」

「それでは駄目なのです。自然な姿のマルメロ様を描きたいと思っているので、声をかけてはいけないのです」

「ふふ、やっぱり芸術家ね。私には分からないわ。で、どんな絵が出来たのよ?」

「駄目です。未完成の絵を見られるなんて恥です」

「いいから、見せなさいよ。ほら、早く」

「絶対に駄目です」

マルメロとストケシアは、まるで友達のようにじゃれ合い笑いました。
マルメロは不思議です。

「ストケシアと話しをするのが楽しい」

自分以外は信じないと決めていたマルメロにとって、ストケシアの存在は異常事態でした。
ストケシアは信用できる、と思ってしまったからです。
何の根拠もありません。
しかし、ストケシアは信用して良いとマルメロは感じていたのです。

「ストケシアって楽しい人ね。気に入ったわ」

「ありがとうございます。でも、楽しくなんかないですよ。絵ばかり描いていますし、楽しい会話もできないし、他に特技はないし…」

「はい、はい。分かったわよ。じゃあ、楽しくなくても良いから私の友人になってよ」

「え!?それは駄目ですよ。王に殺される!」

ストケシアは自分の首を両手で押さえました。

「馬鹿ね。大丈夫よ。私から王に言ってあげるわよ」

「いえ、さすがに!絶対に殺されます!」

「うるさいわね。友達になりなさい。命令よ」

「えー!?」

マルメロはストケシアの反応に笑います。
久々に自然な笑いが込み上げてきました。
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