幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と
礼太たちはその日のうちに屋敷を引き上げることになった。


慈薇鬼の二人はあと一日残るらしい。


「心配はないだろうけど」


昼食のあと、ふと奈帆子の絵をもう一度見ておこうと思い立って廊下を進むと、希皿がぼんやりと立っていた。


奈帆子の絵の前に佇む希皿に問いかければ、そう返ってきた。


「念のため、もう一度、この山を散策してみる」


「……そっか」


うなづいた礼太の横顔を見つめながら、希皿が躊躇いがちに尋ねてきた。


「なぁ、一応聞いとくけどさ……あんたがやったのか?」


何を、と尋ねなくても希皿の言いたいことはわかった。


ため息をついて、勢いよく首を横に振る。


「僕じゃ、ない」

「あ、そう」


希皿はあっさりとうなづいた。


しかし、その目がいまいち信じていないようで、少しうんざりする。


「ちょっと、信じてないだろ」

「いいや、あんたじゃないんだろ」

「うっわぁ、いい加減な返事」

「……じゃあ、なんて言やぁいいんだよ」


それは難題だ。


首をすくめると、呆れた目で睨めつけられた。


「あれ、あんたら」


声がする方をみればいつの間にやら奈帆子がいる。


「仲悪いのかと思ってたけど、あんたらは例外?」


奈帆子の問いに、希皿がふんっと鼻を鳴らす。


そんな心底迷惑そうな顔しなくてもいいじゃないか。


地味に傷ついている礼太を知ってか知らずか、奈帆子はおかしそうに笑っていった。


「あんた、やっぱこの絵好きなんだ。今度は逃がさないから」


えっ、えっ?と慌てる礼太をなんのその。


奈帆子は今度は指を傷つけずに、壁から絵を外して、礼太に手渡した。


「あげる。あんたには世話になったから、そのお礼も兼ねて。」

「いや、でも」

「いらなかったら、売っちゃいなさい。そこそこの値はつくはず」


にっこり微笑み、奈帆子は去って行った。


後に残った絵を抱きかかえて、礼太は途方に暮れた。


「……綺麗な絵だな」


希皿が礼太の腕の中を覗き込んで言った。


「……うん」


奈帆子は近いうちに引っ越すと言っていた。


奈帆子の両親ももしかしたらここを離れるかもしれない。


祓ったとはいえ、殺人鬼の悪霊がいた場所だ。


少し経って冷静になったら、気味悪く思うかもしれない。


それとも、やはり奥さんはここを離れられないだろうか。


隼人への思いを浄化することは、簡単ではないだろう。


人の想い、というのはとても、手強い。




< 129 / 176 >

この作品をシェア

pagetop