あなたと私のカネアイ
「ねぇ、結愛。ファーストキスはさ、来月の花火大会とかどう? ちょっとロマンチックじゃない?」

 結愛は答えなかったけど、嫌っていうのが全身から滲み出てる。

「そのあとは、おはようとおやすみのキス。あ、いってらっしゃいとおかえりっていうのも俺、やってみたかったんだけど」
「円、うるさい。もう寝てよ。おやすみ!」

 一方的に会話を打ち切られて、俺は仕方なく口を閉じた。
 結愛は、朝弱いし仕方ない。あんまり睡眠妨害をすると本気で怒られそうだし、手を繋いでくれただけで今夜は満足しよう。
 隣で早速寝息を立て始めた妻にチラリと視線を向けて、さっき押し倒されたっていうのに警戒心の欠片もない様子にちょっとガッカリもする。
 俺も男なんだけどな。しかも、結愛のことが好きってちゃんと伝えてあるのに。

「幽霊、か……」

 そりゃ、気持ちは見えないものかもしれないけど……俺は、実在する人間の男だ。結愛には見える形で伝えなきゃダメってことなのか。

「結愛」

 先ほどと同じように呼びかけてみるけど、聴こえてくるのは規則正しい寝息だけ。
 そっと結愛に近づいて顔を覗き込むと、少し口を開いて無防備に眠っていて、頬が緩んだ。

「見えたら……信じてくれるってこと?」

 これって、段階をすっ飛ばしたことになるんだろうか。
 今日は俺と同じシャンプーとボディソープを使ったはずなのに、結愛の匂いはちょっと甘い気がした。
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