優しい手①~戦国:石田三成~【短編集】
毘沙門堂から仲良く肩を並べて出て来た謙信と桃を待ち構えていたのは、石田三成と真田幸村だった。


――表向き桃は謙信の正室だが…実際は謙信の正室であり、三成の妻だ。

重婚は現代では罪だが戦国時代では、男が複数の女を妻にすることは許されている。

だが桃の場合は逆なので、この関係は今のところ誰にも気付かれずにひっそりと続けられていた。


「三成さんおはよ。今日もランニング行くけどどうする?」


「…俺はクロに乗る」


「では拙者はお傍でお守りするために走りまする」


真っ直ぐすぎる目で見つめてくる幸村に笑顔を返した桃は、クロを引いて来ますと言って先に行った幸村を見送った後、そっと三成の長い人差し指を握った。


「今夜は三成さんのとこ。いつも思うんだけど…本当に誰にも気付かれてないのかなあ」


「恐らくは。そなたが常日頃俺と共に居る光景は今となっては皆見慣れたものだろう。気にする必要もない」


「そうかなあ。兼続や幸村なんかは気付いてもいい頃だと思うんだけど」


欠伸をして目尻の涙を拭っていた謙信はのんびりとした動作ですれ違いざま桃の肩を叩いた。


「走り終えたら私のところにおいで。少し大切な話をしよう」


「え…!ど、どういう内容?楽しい話?それとも…」


「後のお楽しみ。三成、桃をよろしく」


「…言われずとも。行くぞ桃」


三成は切れ長の瞳を鋭く光らせて謙信を威嚇したが、日和見主義の龍はさもこれから寝ますと言わんばかりにまた欠伸をして私室の方へと戻って行く。


未だに天下統一を為すつもりがなく、ただそう口にしないだけで実際はほぼ謙信が天下統一をしたようなものだが、九州や北海道の方は反発する者も多くいつ火種が飛んでくるか分からない状態だと兼続に教えられた。


「さっ、行こっか三成さん」


「…そなたは気楽だな。謙信の尻を叩けば皆に敬われて褒め称えられるというのに何故それをしない?」


「だって謙信さんにその意思がないのなら無理矢理お尻を叩いても動かないでしょ。三成さんがやってみれば?」


「俺と謙信公は好敵手だぞ。そなたは俺たちの妻であり、どちらの子を産んでもおかしくはない。…まずは俺の子だ」


彼らは相変わらず張り合っている。

肩を竦めた桃は庭で鼻を鳴らしてアピールしているクロに駆け寄って鼻面を撫でてやった後、準備体操を開始した。
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