不器用上司のアメとムチ

「……どうしてこんな方を今まで秘書に?」


さくらさんが、ちらりとあたしを見てから京介さんに訊く。


「見ればわかると思うけど、外見は素晴らしいだろう?中身はほら、できの悪い子ほど可愛いというあれだよ」

「あら、お優しいのねぇ。京介さんって」


……だめだ。

もう、耐えられない……


目の前に前菜の生ハムが置かれた頃、あたしは小声で呟いた。


「京介さん……あたし、お腹の具合がよくないので……帰らせてもらって、いいですか?」

「……ああ。大丈夫?」

「ここを出たら治ると思うんです……」

「そう。それならお大事に」


少しも心配する様子のない“お大事に”を受けとると、膝の上に置いていたナプキンをくしゃりとテーブルの上に丸め、椅子から立ち上がった。


「――ああ、それから」


早くこの淀んだ空気の中から逃げ出したいというのに、京介さんがあたしを呼び止めた。


「月曜からは、副社長室に来なくていい」


そんな、分かりきっていることを言うために……



「いくらあたしが馬鹿でも……それくらいわかってます」



最後の力を振り絞って、あたしはそう答えた。

そして部屋を出ると同時に……

あたしのちっぽけなプライドと涙をせき止めていた堤防が、同時に壊れた。

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