不器用上司のアメとムチ


『……開けたのか、ダメって言ったのに』

「だって……だって気になったから……」


あたしは泣きながら、受話器に耳を当てていた。

電話を持つ方と逆の手の中には、あたしの薬指にぴったりはまるサイズの指輪。


『……そこで待ってろ』


プツン、と電話が切れ、そして5分もしないうちに、愛しい彼がさっきの階段から降りてきた。

これは、なんですか……?

そう聞こうとしても、あたしの口から漏れるのは情けない涙声だけだ。


「そんなに泣くことかよ……」


照れたように笑って、久我さんがあたしの頭を優しく撫でた。

そのぬくもりに涙腺を刺激され、あたしの頬がますます涙で濡れていく。


「ちょっと早いかとも思ったが……俺はもう、大事な人を寸前でかっさらわれるのだけはゴメンなんだ。
だからお前のことは、早いとこ自分のものにしておきたくてな……」


自分の“もの”だなんて……本当は怒りたくなっちゃうようなセリフだけれど、久我さんに言われるのはちっとも嫌じゃない。

あたしは、あなたのものになりたい……


「受け取ってもらえるか?」

「……はい」


人の行き交う改札口のすぐそばで、あたしは小さな宝石の付いたリングを薬指に通してもらった。

うぬぼれかもしれないけど、通り過ぎていく人たちみんなが、あたしたちを祝福してくれているような気がした。

あたしって、本当に馬鹿でおめでたい女だ。

でも今は、そんな自分が嫌いじゃない……

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