私は彼に愛されているらしい2
「逃げるなよ?」

大輔の声がやけに低く力強く耳に入ってくる。ブーケを持つ手に力が入り有紗は出来る限り体をドアの方へと寄せた。律儀にシートベルトをしてしまった自分の行動を呪いたい。

「だってあれ…冗談だと…。」

「俺は本気。」

「酔っぱらってかけて…。」

「酒の勢いは借りたけど冗談じゃない。」

大輔が少し距離をつめた分、有紗は反射的にドアに体を押し付けた。背中に固いものが当たってこれ以上の進行を許さないと言われた気がする。逃げ場はないと分かっていても逃げずにはいられないのだ。

「だって…付き合ってないし、恋人でもないのに。」

「恋人じゃなくても俺たちは十分にお互いを知ってる筈だ。それくらい同じ時間を共有している。知らないのは…。」

そう言葉を止めてまた大輔が近くなる。

その距離はもう友達の距離じゃなかった。

決して遠くない、でもお互いの顔全体は見えるくらいの絶妙な距離に有紗の心は震え始める。大輔の視線が強すぎて泣きそうになった。でも逸らせない自分に感覚を失う。

ほんの少しまた距離を詰めた大輔に有紗は息を飲んだ。

「恋人としての姿くらいだ。」

ワインが急激に体中を回っていくような感覚に襲われる。

ふわふわドキドキ、でもそれはアルコールだけが原因じゃないことくらい分かっていた。

こんなの私たちらしくない。

そう言いたいけど声に出せない有紗は必死に目と表情で訴える、それは大輔に届いたようだった。

「俺たちの関係が壊れる事なんて最初から分かってる。今さら元に戻そうなんて考えていない、壊す覚悟で言ってるんだ。」

「やめて…。」

震える声で抵抗しても無駄だった。

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