エリートなあなたとの密約


「いらっしゃいませ、黒岩さま。
本日はご来店頂きまして、誠にありがとうございます」

入り口に差し掛かると、上品な牛首紬の着物姿の女将さんが三つ指を立てて出迎えてくれた。

「今日はよろしくお願いします」
修平のひと言とともに、ふたりでお辞儀をする。そして、私も口を開いた。

「あの、以前、両親がこちらに伺った際、とても素敵なお店だったと申しておりました。
とても楽しみです。どうぞよろしくお願いいたします」

「まあ、それはそれは!嬉しいお言葉までありがとうございます。
今回は黒岩ご夫妻にご満足頂けますよう、誠心誠意お尽くし申し上げますね」
そう言ってにっこり微笑んだ女将さんに、自然と笑みが零れてしまう。

母と同年代と思われる彼女の朗らかな表情が、とても清々しい気持ちにさせてくれる。それだけで両親の感想にも納得させられた。

隣の修平を見上げると、彼もまた相好を崩していたので同じ気持ちのようだ。

それぞれ靴を脱いで上がり框に足をつけると、彼女の案内に従って渡り廊下を進んで行く。

窓の向こうは手入れの行き届いた日本庭園が品よくライトアップされていた。

暫く進むと、岩で囲われた池があり、その中を悠然と泳ぐ何匹もの錦鯉。

それらを横目に向かうと、襖の閉じられたひとつの部屋の前で女将さんが静かに立ち止まった。


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