"everything"
2.六月、保護者面談
 今日の紫さんはいつになく地味だ、と諒は思った。
とは言え、普通の人から見れば充分派手なのだが――薄く茶色が混じるおくれ毛を垂らして、耳元には小粒のダイヤのピアス、首に巻かれたエルメスのスカーフ、そしてスカートは相変わらず短い――今日は何処か控えめに見える。
いつもの紫さんは、と床に寝そべったまま天井を見つめ、諒はぼんやり考える。いつもの紫は胸元が無駄に開いていて、上から下までブランドに包まれている。勿論、化粧だって自分を惹きつけようと最大限で――これがまた化粧品もブランド物が多い――、とにかくあらゆる技術を心得ている。
…今日は何があるのかなぁ。
諒は眠い頭を抱えるようにして、起き上がり、紫に尋ねた。
「何時に帰って来るの?」
紫は首に巻いたスカーフを鏡で確かめていたその手を止めて、1時間くらいかな、と答えた。
「何とかまとめてくれば、多分早く帰って来れると思うの。学校までもそんなに歩かないし」
え?
諒は髪をぐしゃぐしゃにしたまま鏡の中の紫を見た。
学校に行くの、と訊くと、そう、と短い返事が返ってきた。
諒は頭を2、3回振りながら、僕、何もしてないと思うんだけど、とちいさく呟いた。
そう言えばここ数日――正確に言えば1週間以上は――学校に行っていない。と言うか外にも殆ど出ていない。当然、呼び出しを喰らうようなヘマなど起こす訳が無い。

すると、紫はおかしそうに頬を緩ませて、違うわよ、と言った。
「保護者面談なの」
紫は鏡から眼を逸らさずに言った。
先週かな、学校から連絡があって。保護者面談してないのもう諒だけなんだって。
…そうか、もう第1回の保護者面談なんだ。
諒は大分前にいろはから聞かされた話を思い出した。
――面談が全部で3回。6月と10月と1月。志望校を決める親との面談があるからな――
そりゃそうだよなぁ、大きなため息をついて、諒は思う。
学校行かなきゃ、悪い事も呼び出しもないよなぁ。
あんまり紫さんを困らせるなよ。
いろはがいつも言う事だ。別に何をしなくても、いろはは諒に言う。あんまり紫さんを困らせるなよ。
そんな事をぐるぐる巡らせ、諒は紫に申し訳なく謝った。
「…ごめんね」
なんだかんだ言って迷惑掛けて。
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