黄昏に暮れる君へ

 …どのくらい絵を描き続けていたのだろう。
 真っ白だったページが、たくさんの絵の具で彩られていた。

「ふむ…、上出来だな」

 日が暮れてきた。
 そろそろ帰らなくては。
 暗くなってからではあの森を抜けられないだろう。
 スケッチブックをたたみ、パレットを抱えようとした、その時。

 シュッ。

 視界の端を、一筋の銀の光が横切った。
 光か?
 ――否。

「…弓矢…!」

 背後から狙われたということを理解し、勢いよく振り返る。
 すると、夕陽に照らされた茂みの奥に、人影が覗いていた。
 銀に冷たく輝く弓矢をつがえて。

「ここで何をしている」

 よく通る、鋭い声が響いた。
 弓をつがえたままで、こちらを狙っている。

 ――おかしな動きをすれば、射る。

 言外にそう言っているのがわかるほど、矢じりからは敵意だけが溢れていた。

「…失礼、こちらは私有地だったのですね。
 僕は怪しい者ではありません。
 一介の絵描きです」
「……絵、を?」

 ふっ、とその人影―恐らくは女性の―は弓を降ろし、それでも警戒心を緩めることはなかった。
 ガサ、と音を立てて、その人がこちらに近付いてくるのがわかった。

「…見せて」

 夕陽の下に晒されたその姿は、この幻想郷のように、儚く、そして美しく…――。
 月のように輝くのは、流れる銀の髪。
 暁か黄昏を映したように煌めく琥珀色の瞳。
 その肌は雪のように蒼白く、その細い体はたくさんのレースやリボンに彩られた、豪奢なドレスに包まれて…。
 嗚呼、そして、薔薇の蕾のように紅く丸いあの唇――!

「…美しい…」
「……何をジロジロ見ているの、早く絵を見せなさい」
「あ、ええ、これです」

 …なんということだ。
 あんなにも鋭い矢を放ったのは…、人形と見紛うほどに美しい、まだあどけない少女ではないか。
 こんな細い身体で、あの矢を放ったとは…。

「…これは、貴方が描いたの?」
「ええ、そうですよ、お嬢さん」
「ふぅん…」

 まじまじと少女は絵を眺めていた。
 そして、きゅっと結んだ口を小さく開いて、呟いた。

「…純粋な心を持っているのね、貴方は」
「え…?」
「……私には…、――この景色がこんな風に見えたことはないから…――」

 少女の意味するところは理解できなかった…、が。

「それならば、私がいくらでも描いてあげましょう。
 あなたにこの世界の美しい景色を見せるために。
 ――この美しい世界を切り取って、あなたの元へ…」

 僕の言葉に呆気に取られた彼女は、少ししてからそこはかとなく嬉しそうに笑んだ。

「ふふ…、そうね。
 それも悪くないけれど…」

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