Drive

1-4. 魚の骨


電話が鳴っている。目を開けると見知らぬ天井だった。シーツやブランケットの色も布の張りもまるで嘘っぽいシングルベッドの上にいた。鳴り続けているベッドサイドの電話を取る。

「おはよう。」

前の晩の記憶を辿りながら、この声が誰なのか思い出せそうで思い出せない。

「そろそろ準備しないと、遅刻しちゃうよ?」

「はい・・・」

呑みなれない酒に嗄れた声で答えながら、あぁ、これは穴瀬さんの声だと思い至る。そして、その声の主に確かめようとした瞬間、受話器の向こうで一瞬雑音がして

「飯食える?食えるなら下へ来て。一緒に食おう?」

その声は森川社長だ。

重い頭で精一杯考える。昨晩の事、今のこの状況。重力に負けそうな頭を支えて、シャワーを浴びて歯を磨いて身支度を整えて部屋を出る。矢印に従ってエレベーターホールへ向かう。何度も思った疑問がまた頭をもたげる。

(穴瀬さんの電話、森川社長の声・・・。)

食堂の入り口で部屋番号を訊かれる。鍵の番号を見せて中に入っていくと窓際に二人を見つけた。あの席に、自分も行くべきだろうか、どうしようか・・・。とりあえず朝食のビュッフェに並ぶ。ビジネスホテルの朝は、こんな所ですらなんだか忙しない。物慣れた男たちの後から朝食を少しずつ取っていく。スクランブルエッグ、ソーセージ、ベーコン、トマト、トースト2枚、ジャムとマーガリン、コーヒーと・・・牛乳も、とグラスをトレーにのせた時、一瞬先に牛乳のパックを持ち上げた人が石岡のグラスに牛乳を注いでくれた。昨晩、深緑色のワインボトルを握っていた手だった。

「あ、なせさん・・・。おはようございます!!」

石岡が会釈をしたとき体ごと斜めに傾いだトレーを支えて穴瀬がにやりと笑った。石岡の心を掴んでやまないあの笑い方で。

「おはよう。良く眠れた?これだけ食べられるなら二日酔いでもなさそうだけど・・・?」

「あ、はい。あの、昨晩は・・・」

聞こえなかったのか、穴瀬は牛乳のパックをオレンジジュースのパックの横に置いて自分のグラスを持ってテーブルに向かってしまった。石岡はなんとなく後についていく。

穴瀬が席を空けるようにして窓際に自分のトレーをずらしてくれたので、何となくそこに自分のトレーを置き、石岡は昨晩の非礼を詫びた。

「昨晩は大変失礼しました。なんか記憶が・・・」

「呑ませすぎたよね。どう、大丈夫?」

「はい。」

「若いからな。」

森川がトーストを食べながら笑う。笑いながら石岡から穴瀬に目を移したのがどうも目配せのように見えてしまったのは、石岡の無粋な想像のせいなのだけれど、でもやはり気になって仕方がない。ビジネスホテルで朝食を取るなんて生まれて初めての経験をいつもの石岡ならウキウキと楽しんだところだけれど、そんな気分になれないのは呑みすぎたワインのせいで頭が重いからなのか、それとも、喉に引っかかった魚の骨のように胸につかえている疑問のせいなのだろうか。

森川と穴瀬は、同じ部屋に泊まったのだろうか。
同じ、ベッドに寝たのだろうか。

何でそんなことを思うんだろう。石岡はいつまでも取れない魚の骨を飲み込もう、飲み込もうとして朝食を平らげていた。
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