恋するマジックアワー(仮)

少しだけ胸を張る。
気持ちを切り替えるように、スンと春の風を吸い込んだ。

と、その時だった。

何気なく。
本当に何気なく、中庭から向かいの校舎に視線を向けた。


完全に油断していた。



「……え」



向かい側の校舎。
その1階の廊下に、見覚えのある姿が目に飛び込んできた。


歩くリズムにあわせて揺れる、寝ぐせだらけの野暮ったいぼさぼさ頭。

気怠そうに歩くその人は、くあって感じで大きなあくびをする。
隠そうとすることもなく、その髪をくしゃりとかき混ぜながら口を大きく開けてなんとも眠たそうに歩いている。



「こ……」


洸さん……!

のんびり歩いている洸さんは、ちょうどあたしのクラスの向かい側の教室の扉に手をかけた。


え……え?
まさか、そ、そこが美術室?


不覚!!
こっちの校舎にくる機会ほどんどなかったから、気づかなかった。


やばい。前より全然見える。
気配だけじゃなくて、洸さんの姿がばっちり見えるじゃん!

これじゃあ、洸さんのこと忘れるなんて無理なんじゃ……。
いやいや、あたしが見なければいいだけだし、気にしないようにすればだいじょう、ぶ……。


「……な、」



教室の扉に手をかけた洸さん。
その視線が、あろうことかまっすぐにあたしを捕らえた。

分厚い眼鏡にかかる前髪。
それでもわかる。
その向こう側で、アーモンドの瞳が楽しそうに笑う。

あたしが呆然としているのが、よっぽどおかしいらしい。

口角までもクイっと持ち上げて、さらにその手をひらりと上げた。




う……うそでしょ……。


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