山神様にお願い
水色のマフラーに灰色のピーコート。どちらも見覚えがあった。去年の冬も、同じ格好してたな、ちょっとしたノスタルジーに襲われながら私は小泉君を盗み見る。
夏よりは、しっかりとした顔をしていた。頬のこけがなくなって以前の彼と同じように見えた。あの凄く疲れて破れかぶれみたいな雰囲気が消えている。
彼が少し笑って、舌で唇を湿らせた。
あ、緊張してるんだな、それが判った。私は思ったより、彼のクセを覚えていた。
「久しぶり、元気だった?」
小泉君が小声で聞くのに、私も微笑んで頷いた。懐かしくはあった。だけども、よくも悪くも泣いてしまうような感情はどこにも見当たらなかったのだ。だから結構穏やかな気持ちで彼の隣に座っていた。
静かな図書館では、小声といえど会話は禁止だ。だからだろう、彼がノートを取り出して、ボールペンで文字を書き、私の方へ滑らせる。
私は論文の資料をざっとまとめて退けて、ノートを覗き込んだ。
『内定もらえたよ。姿を見かけたし、ずっと支えてもらってたから、報告にきたんだ』
――――――――わお!!
瞬間、私は非常に興奮した。思わず声が出そうになって、片手で口元を押さえる。パッと横を向くと、小泉君が微笑していた。
私は音を立てずに両手の指をあわせて小さな拍手をして、彼のノートに書きこむ。
『おめでとう!良かったね、ずっと頑張ってたもんね!』
彼は口の形だけで、ありがとうって言う。