山神様にお願い


 調子もので奥が深すぎる。常識にはほとんど捉われない男二人が切り盛りする酒処山神。ここに入ると最初は皆とまどうものだけれど、それが正しい反応なのよね、多分。慣れちゃうのは危険なのよね、多分!

 それにもう、一番の新人であるシカちゃんは、トラさんに目をつけられて狙われ、食われてしまっているのだから。うん、文字通りの捕食。あの可愛いバンビちゃんは、トラにガツガツと食われてしまったみたい。最近はトラさんがどこでも弄るから、真っ赤になって逃げ回っている。ううう、可哀想~。・・・・この男と恋人。それって激しく体力も気力も消費しそうじゃない?

「シカちゃんが大変よね~」

 かなり小さな声での独り言だったはずなのに、またもや地獄耳の上司二人には聞こえたようだった。

「シカがなんだって?」

 トラさんが振り向くのを無視して、私はお客さんに呼ばれたふりして座敷に近づいていく。

「お代わり、いかがですかー?」

 お客さんは全員フラフラのようだった。はあ~い?などとヘラヘラ笑ってお箸でテーブルを叩いている。一人などは壁にもたれて眠ってしまっていた。

 これ以上は無理だな、とトラさんの声を聞いた気がした。私は肩をすくめて空いている食器を引き、テーブルを掃除する。

「・・・ま、ここは今のところ平和なのよね、とりあえず」

 また独りごちてしまった。






・「ツルさんの独り言」終わり。
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