山神様にお願い


 顔を上げて、小泉君を見る。彼は私をみていない。でも私は目を見開いて、じっと見詰めながら、言った。

「・・・わかったよ。じゃあ、もう、これで」

 これで、君とはお別れだね。

 最後は言葉に出来なかった。言う前に、私の足は動き出していたのだ。

 最初はゆっくりだった。そろそろと後ろ向きに下がって行く。でも気付いたら、早足になって―――――――――逃げるように走っていた。

 暑くて汗が垂れる。

 呼吸は苦しくて、体が熱かった。

 結構な勢いで校舎を走り抜けて、目に付いたトイレに駆け込んだ。

 ハアハアと荒い息に、大粒の汗。だけども夏休み中でそのトイレには誰も居なかった。

 手の伸ばして電気をつける。そして壁に背をあてて、俯いて足元を見る。

 呼吸が落ち着くまでそこにいた。

 鏡は見なかった。顔をあげないようにして両手を洗う。冷たい水の感触に、ハッとした。

 ああ、そうか。

 そこで理解したのかもしれない。私は、やっと、そこで。

 今・・・今、私。


 ・・・私は、振られたのか。




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