胸が締め付けられるほど「好き」

 送別会などの飲み会の幹事役はだいたいいつも決まっている。

 菅野ではない。

 なのにも関わらず、菅野は必ず代理の隣を確実にキープし、世話を焼き続けるのであった。

 20畳ほどの和室の宴会部屋で長テーブルに料理が次々と運ばれてくる中、下っ端の相模のような物は入口席から近く、上座よりも遠い位置に席がある。

 菅野のような煌びやかな位置につけるのは、菅野以外の何者もあり得ない。

「先輩、中央駅の前に新しいカフェができたの知ってます?」

 右隣の新人、野原 大介(のはら だいすけ)は商社マンらしく、紫を基調としたオシャレスーツをピシっと着こなし、サラダをつつきながら聞いてきた。

「そんなのできたんだ。知らないなぁ」

「知ってる、知ってるー!! あそこ人気なのよ、この前テレビでもやってたんだから!!」

 左隣の気のおける先輩、村上 花奈子(むらかみ かなこ)は既に赤い顔をさせながら、やはりビアグラスを傾けている。

「綺麗で良かったですよね」

 野原は村上に親しげに声かけたが、前回の忘年会の時、「村上さんってAV女優みたいですよねー」とへべれけに酔った末に出した一言を相模は思い出した。

 ちら、と野原を見たが、そのことを思い出している風ではない。

「行く? 明日とか」

 村上は宙を見ながら発したが、週末のデートの約束など、様々な予定を忘れてはいないだろうかと確認しているようだ。

 にしても、明るい茶髪と赤い口紅がAV女優を発想をさせたに過ぎないのだろうが、それにしても酷いセリフだったと、今一度野原の天然ぶりを再認識してしまう。

「えっと、明日……」

 何の予定もない相模は、視線を伏せて、それほど興味もないなと思いながら、一緒に行っておくべきかどうか、考える。

「明日がダメなら明後日はどうですか? 僕、空いてますよ」

 スマートに誘ってくれる野原だが、

「僕、空いてますよ? ってね。そういう誘い方がダメなの。野原君、いい? 女性を誘う時は、イエスとしか言わせないように持っていくの! 今の流れだと、『じゃあ明後日僕迎えに行くんでどうですか?』よね」

「いや、明後日はちょっと」

 相模は笑いながら村上に答えた。

「ほらぁ! 野原君がシケた誘い方するからフられちゃったじゃない」

「いやいや、今の村上さんの強引な誘い方に、相模さんは嫌気がさしたんじゃないですか? そんな、ねえ。約束決まってもないのに家行くだなんてストーカーみたいだし」

「…………うん……」

 相模はどうとも思わなかったので、そのまま食べ進める。

「ちょっと、人の話聞いてる?」

「えっ? いや、明日なら大丈夫だけど明後日はちょっと……と思って」

「いつもの漫画の手伝いですか?」

 野原は興味なさげにメニューを広げた。

「手伝いってほどのこともしてないんだけど……」

「えっ、もう帰られるんですか!?」

 上座の方がざわついた声が聞え、夏目が立ち上がっている。

「……早いねー、いつも」

 村上は控えめに言う。

「そうですねー……」

 野原もどうでもよそうだ。

 背を伸ばし、淡々と歩いて早々に帰ってしまう夏目の姿はいつものことだ。自宅で仕事をしている、待っている彼女がいる、憶測は様々だが、宴会の場があまり好きではないことは確からしい。

 相模はその、さっそうと会場から出て行ってしまう夏目をこっそり目で追った後、今度は山根部長に酌をする菅野を遠い目で見た。

「菅野さん忙しそー」

 菅野と同期の村上は、白い目で見ている。

「よねー」

と、その隣に座る村上と同期の女性、広瀬 涼子(ひろせ りょうこ)も同じ目で見ている。

まあ、そんなものだ。

「ここはパパッと終わらせちゃって、次行きますか!!」

 野原はここぞとばかりに笑顔で、しかも、小声で提案する。相模を越えた向こうの2人は、「いいねー!!!」とすぐに盛り上がり、スマホですぐに店を探し始める。

 やっぱそうだ。そんなものだ。菅野なんて、みんなに受け入れられてるはずがない。

 優しそうに笑い、話しかけてくれるけれども、あそこまでぶりっ子なんて。

 例え夏目に好かれても、社員に好かれないんじゃ意味がない。


 夏目に好かれるべき人ならば、周りも温かくして、仕事もうまく流せるようなそんな女性じゃないといけない。

 菅野なんて、彼女に向いているはずがない。

 菅野なんて、認められるはずがない。


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