実は彼、ユーレイでして。
授業終了のチャイムが鳴って、先生が教室から出ていく。






「…高良、授業中こっちチラチラ見てなかったか?」





隣の席の桜庭くんが、話しかけてきた。





「ん?あー、気のせい気のせい。それより、最後の和訳見せてくんない?説明早くて聞き取れなかったんだよね」

「あァ…良いけど」





桜庭くんの怪訝な表情を受け流して、和訳を手早く自分のノートに写す。






「あ、こないだ教えてもらったヤツ、作ってみたわ。旨かった」

「ホント?よかったァ」





桜庭くんは詳しい事情は聞いていないけど、お父さんと二人暮らしらしい。当番制で料理をするという話を聞いてから、彼とはレシピを教え合う仲なのだ。





「アレ、スモークサーモン入れてもイケるぞ」

「んー、美味しそうだけどちょっとコスト上がるよね、ソレ」






「アボカドでもいいんじゃね」

「あ、確かに」





全く同じというワケじゃないけど、似通った境遇の桜庭くんには、一方的な親近感を感じてるあたし。





もっとも、好きかどうかという話じゃない。そもそも、彼には可愛い彼女がいるとか、いないとか。






「高良は最近アレだな、楽しそうだよな」

「え、そう?」





「なんか良いコトでもあったのか」

「良いコトかは分かんないけど、色々はあったね」





「ふぅん。ま、仏頂面だった春先よりはよっぽどいいぞ、その方が」

「はは。桜庭くんにだけは言われたくなかったなー」






イケメンで人気のある桜庭くんも、春先はもっと無口だった気がする。きっと彼にも色々あったのだろう。噂の彼女のおかげか…さすがにユーレイが見えたからというワケではないと思うけど。





「唯ぃ、ご飯食べよ、ご飯」

「はぁい」





窓際の後方であたしを呼ぶ3人グループに返事をして、ノートを桜庭くんに返す。





「はい、ありがとね」

「今度またレシピ渡すわ」

「オッケー」





窓際に向かう途中で、今度は雫がロッカーの上から話しかけてきた。






「唯ごめん、ちょっと行ってくる」

“はいはい。机にあんパンぶら下がってるよ”






「ありがたい!」

“帰りは?”






「ちびっと遅くなるかも。出来ればご飯を…」

“分かってる分かってる。とっといたげるから早く行っといで。仕事なんでしょ”




「よっしゃー!いってきまぁす!」





嬉しそうに叫んだウチの期限付きペットは、ロッカーから窓際の机、窓枠とピョンピョンと跳び移って、ひゅうっと空へ飛び出して行った。





ここは3階。雫が見えているヒトが万一いれば、その光景は丸っきり投身自殺。





やっぱり見えてないんだなァと何度目か分からない納得をして、風に乗ってどんどん小さくなっていく雫の背中を眺めるあたし。






「…今夜は肉でも買ってってやるか」




帰宅後の献立を考えながら、たった今雫が跳び移って行った机に向かう。
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