黄色い線の内側までお下がりください

 22時の電車ともなると、仕事帰りに一杯やってきたサラリーマンで朝と同じくらい混み合っている。

 朝と違うところは、一日働いて体中に汗をかき、それが臭いにおいとして充満しているところか。
 
 桜は今までの疲れも伴ってか気分が悪くなり口元をタオルで覆う。

 下を向いて目を閉じ、次の駅まで気持ちの悪さをこらえた。
 
 幸いにして各駅停車なので一駅の間隔は短い。
 

 電車を降りると近くのベンチに座り、乱れている呼吸を整える。

 外の空気を吸ったからか、気分はいくぶんよくなった。

 というより、むしろ何事もなかったようにけろりとしている。
 
 膝の上に置いたバッグの中からペットボトルの水を取りだして、飲む。

 汗を拭いて呼吸を深く取って気持ちを落ち着かせた。


「大丈夫?」
 
 不意に話しかけられて横を向くと、藤が丘あざみの姿が目に入った。

 彼女はS女子大学に通う桜と同じ高校だった時の友人で、中学生の頃から仲が良かった。
 

 あざみを見た桜は絶句し、顔に浮かぶ驚きを隠そうともしなかった。


 今飲んだ水が胃袋で温められ逆流してきそうになり、タオルで口元をおさえた。




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