四竜帝の大陸【赤の大陸編】
第十五話
「さっき? さっき………ん?」

 あぁ、顔が、全身が羞恥で火照る!
 心臓が、ばくばくいっちゃう!

「心拍数、体温が急に上がったな?」

 私の胸から顔をあげてそう言ったハクちゃんは、黄金の目を細めた。

「…………なるほど。先程中断した交尾の“続き”か? りこは言葉より身体のほうが雄弁だな」

 私の右腕に巻かれていたハクの尾が、機嫌良さ気にすりすりと肌を摺る。
 この動き……ハクのほうこそ、言葉より身体が雄弁なんじゃないの?

「あのね、“ここ”っていうのは……身体もだけど、心がハクを欲しがってるってことを言いたかっの! こういう時は察して、ベッドに連れていってくれてもっ……!」

 なんかもう、いろいろ恥ずかしくて。
 思わず、ハクを。

「えいっ!」
「りっ!?」

 思わず、つい、ハクの身体を後方に投げてしまった。

「あ! ごめっ」
「りこっ!? 急になにすっ……りこ?」

 翼を広げ、空中でとまったらしく、床に落ちる音がしなかったことにほっとしたら。

「うぅ……だって、ハクが、私、ハクと……」
 
 ハクとつがいになってからっけっこう経つのに、相変わらず大人の女の余裕も色っぽさもない自分が情けなくて。
 後方に投げてしまったハクに申し訳なく、顔を向けることができなくて、がばっと床に突っ伏した。
 あぁ、涙が出てきちゃっ…………ん?
 背中に、重み?
 視線の先にある床に広がる真珠色の……。

「……ハク」

 長い腕が私に回され、囲うように……。
 左の頬に、後ろからゆっくりと重ねられたのはハクの頬。
 その肌には鱗は無く。
 陶器のような、滑らかさ。
 ひんやりとした体温なのに、触れ合うそこからは伝わってくるのは……心をじわりと溶かす熱。
 耳には、淡く揺らぐ吐息。
 ハクの唇が、耳朶を下から上へとなぞる。

「りこ、りこよ」

 後ろから、膝をついて私を抱き込むハクからは、彼の匂いが香り。
 私は鼻からそれを意識して吸い込み、体内に送り込む。
 香水とかは一切つけていないのに、ハクはいつだって良い香りがする。

「りこにも、我が足りないのか?」

 何度も深く息を吸った私に気づき、ハクが言う。
 あ。
 ばれてる。
 ハクの匂いをついつい嗅ぎまくってたのが、ばれてしまった!
 うう、恥ずかしい……。
 変態な妻で、ごめんなさい!

「……りこ」

 ますます顔が上げられなくなってしまった私に、ハクが……。

「我も、りこが足りないのだ」

 そう言って。
 耳朶から唇を離し、身を屈めて私の顔を覗き込む。

「真っ赤だな。熟れたアダの実のようだ」

 アダの実、みたいに真っ赤……あ。

「……前にも、ハクはそう言ったよ?」

 あれは、青の竜帝さんのお城にお引越ししたばかりの時だった。
 私の頭突きで、ハクが鼻血を……うっ!?
 ハクのこの顔に鼻血っ……あらためて思い出すとっ……。

「く、くっ……う、ふふっ。アダの実、甘酸っぱくて大好き……また、食べたいな。……あ、ハクの鼻血を思い出して笑っちゃって、ごめんなさい!」

 笑ってしまったことを謝りながら、ハクを見ると。

「あ……」

 そこにあったのは。
 温かさ。
 私だけに、与えられる温かな……冬の太陽みたいな、柔らかくて優しい温度を持った微笑み。

「今はアダの実ではなく。我を食べてくれるのだろう?」

 私の身体に回された腕に、力が加わり。
 夜着の襟を、長い指がなぞる。

「りこ。この温かな身体で」

 合わせ目から這入ってきた真珠色の爪に飾られた指先が、私の肌を弾き。

「りこ。この柔らかな唇で」

 赤い舌が、私の口角を舐るように這う。

「さあ。存分に、我を喰らってくれ」
「ハッ……ハクッ」

 食らってくれと言いながら。
 貴方の唇が、手が、指が。
 私を、食べていく。

「貴女限定で。我は食べ放題、なのだから」
「た、食べ放っ!? なに、言って……」
「りこ」

 突っ伏していた床から剥がされるように、抱き上げられた胸で聞いたハクの言葉に。 

「今の我等にとっては。あの寝台が食卓、だな?」

 答えるかのように、全身の血がざわざわ騒いで一気に沸騰した。
 私の中に抑えきれぬ想いが溢れ、ぶわっと噴出した涙とともに熱い舌が舐めとったのは私の理性。

「りこ。我を生かす・・・この世で」

 残ったのは、剥き出しの。

「貴女だけが、愛おしい」

 貴方を愛する、私の本能。





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