桃橙 【完】
「青柳社長が…なぜ?」


「さぁ、…安芸の育ちに同情してるんじゃないでしょうかね」



俺は、侮蔑の意を込めて目の前の男を睨みつけた。


春河家での安芸の様子が、出来事を知れば知るほど、俺は心底許せないと思うと同時に、安芸を兄として守ってやりたいと思った。


この男は、本当の兄ではないとはいえ、春河家では安芸を守れる立場だっただろうに…。


事情が違うとはいえ、同じ兄として苛立ちを覚えたのは事実だった。



「安芸が、話したのですか…」


「いえ、安芸は…あなたのことはとてもいい兄だと、話していますよ。今でも」


「………」



黙り込む男を見て、俺は



「一応、父には話してみます。…ご連絡先は?」


「ありがとうございます。あ、名刺を…」


「じゃあ、こちらに連絡します。では」


「…安芸はっ、」



切羽詰ったような、泣きそうな声に俺は思わず振り返った。



「…大丈夫なんですか」


「えぇ、ご心配なく」


「…連絡を待っています」



そうして、深く頭を下げる春河に、俺は軽く会釈をして店を出た。



………


「……安芸」



顔を上げた春河が、涙していることもしらずに。
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