どこからどこまで
 その後、談笑しつつ夕食を終え、午後9時をまわった頃、沙苗が目をこすりだした。

 誰かが特に集中して見るでもなく、BGMがわりについていたテレビには、もう誰も目を向けない。

 俺がテレビの電源を消すのと、洗いものを終えた手を拭きながら薫が沙苗に声をかけたのは、同時だった。


「沙苗ちゃん、もう眠いの?」

「う~ん……うん、眠い。なんでだろ、たいしたことしてないのに」

「まだ9時だよ?はやいって」


 沙苗の隣に座りながら薫が拗ねたような表情をした。久しぶりに会った姉にろくに構ってもらえないのが不服なのだろう。いや、"姉をろくに構えない"と言った方が正しいのかもしれないが。


「はやくないよー…薫と違って若くないからさ~」

「寧ろ眠くなるのはやすぎて小学生みたいだけど」

「…来年成人する姉に言うセリフ~?」

「沙苗ちゃんが成人とか信じらんないよね。アラサーになっても年齢確認させられてそう、お酒買うときに」

「……薫が生意気なので帰って寝まーす。おやすみなさーい」

「えー、つまんない。夜更かししないの?」


 夜更かしする気は更々ないらしい。沙苗は欠伸をしながら玄関に向かう。薫には応えなかった。

 見るからに残念そうな様子の薫を横目に沙苗を追う。サンダルに足をかけて玄関に背を向けた沙苗と、追いついた俺の目があった。


「ごちそうさまー。今日は色々ありがとね、ごめんね」

「なんでごめんなの?」

「母さん。いきなり来たから気ぃ…」


 "気ぃ遣ったでしょ?"と続いたであろうセリフは欠伸にかわった。下を向いて口元を覆う姿につられて俺まで欠伸がでた。口元を手で覆う。確かに今日は気疲れをした。


「ごめん…ふふ、つられた?」

「…つられた」


 口元を覆った手はまだはずせない。今俺は絶対、締まりのない顔をしている。

 沙苗の、ふにゃりとした笑顔がすきだ。眠気のせいで力の入らない、声も。

 見ているだけで、聞いているだけで、疲れなんてどうでもよくなる。


「じゃあ、ほんとありがとね、おやすみなさい。あ、あと薫のこと、よろしくおねがいしまーす」

「うん、おやすみ。また明日」

「は~い」


 ドアが閉まったあと、隣の部屋のドアの閉まる音がしてから、自分のドアの鍵を閉めた。


 さて、姉の方に癒されたところで、今度はその弟のご機嫌とりだ。
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