スナック富士子【第四話】

その年の文化祭でサッカー部は女装喫茶をやることになって、文化祭の準備の帰りに上田と僕と一樹とファーストフードに寄り道をした。何を話したか覚えていないくらい他愛も無いときを過ごしたけれど、僕がその日を覚えているのは、一樹が上田を想っていることに気付いた日だったからだ。ハンバーガーをもうひとつお替りする、と立ち上がった上田の背中を見送る一樹の目が彼の恋心を語っていて、ああ、そうか、こいつはいつも上田を見ていたんだとやっと腑に落ちた。

僕は一樹の恋を応援することで、自分も恋をしているような気がした。どうも僕は男性の方が好きみたいだと気付き始めてはいたけれど、僕は恋心を傾ける相手もその時は居なくて、そもそも、男が男を好きになることに対する躊躇のような気持ちも少しあった。一樹は、そんな躊躇いなんかなくて、真っ直ぐに上田のことが好きで、上田を目で追って、嬉しそうで・・・。

男くさい部室で練習着を脱ぎながら半裸でふざけ合う時、一樹はいつもほんの少し照れて上田を見ないようにしていた。三人で行くファーストフード店でいつも上田の斜め向かい側に座る一樹にたまには上田の横に座れば?と上田が居ないときに言った事があった。上田さんの顔が見れないのが嫌だという。じゃあ、前に座れば?と言うと見えすぎると困る、と笑った一樹の照れ笑い。一樹のシェークを上田が味見した時の一樹の驚いた顔や、僕のペットボトルを自分の飲み物のように上田が口にしたときのふくれっ面。幼かった一樹の恋だと言えばそれまでなのだろうか?

桜の季節が来て、三年生になって、青葉の時が過ぎて、繰り返す学校行事、受験や就職やそんな言葉がちらつき始めて、「最後の」運動会、「最後の」文化祭を迎える寸前の夏、上田はいつまでも治らない夏バテに倒れた。やつれていく上田。時の流れに抗うように上田の身体は若さをたくましさを失っていった。僕らがようやく気がついたのは、僕らの歳にしては早すぎる悟りを受け入れなければならない日がもう直ぐそこまで来ていることだった。

一人で通う予備校の学習室からの帰り、バイト帰りの一樹と歩いた駅までの道。遅くまで開いているパチンコ屋と駅ビルが明るく賑やかだった。途切れがちになる話題、どちらも言い出さない「上田」という名前、駅のホームで泣き出した一樹を僕は静かにベンチに座らせて、ただ隣に居て背中を摩った。泣いている一樹を慰めることで、友人を一人喪う自分を慰めた。一樹の震える手。一樹の黄色いスニーカー。僕のクラリーノの紐靴。誰かが捨て損ねたくの字に曲がった煙草の吸殻。

「一樹・・・、なぁ、言いなよ?」
ずっと黙っていたせいで掠れた声で僕は一樹に言った。一樹は使い切ったポケットティッシュの塊をもう一度広げて鼻をかんだ。僕は自分のカバンからくしゅくしゅに潰れたポケットティッシュをだして一樹に渡した。
「でも・・・、困んじゃねーかな、って」
「困る訳ないよ・・・。きっと、嬉しいって・・・」

伝えたかったことを伝えられないままで上田が逝ってしまったら、きっと一樹はずっと後悔するだろう。彼の恋を見守って来たから、一樹の気持ちを分かってあげられるとその時の僕は思っていた。それが、正解だったのかそれとも・・・。もう、分からないけれど。

一樹は伝えたはずだ。言った、とは言わなかったけれど、一樹が電話をかけてきて「今日、上田さんとこ、行ってきた」と言った日。きっと、あの日に。
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