ボレロ - 第三楽章 -

13, agitato アジタート (激して)



日本経済が良好だった頃、いまでは考えられないような大掛かりな結婚式が行われていた。

競うように贅沢な式を求め、料理はそれこそ贅を尽くし、超一流といわれる品が引き出物として惜しげもなく振舞われ、花嫁の衣装は年々豪華になり、それに見合うため花婿も……



「煌びやかなお衣装でございました」



言葉を選びながら話してくださったのは 『榊ホテル東京』 管理部部長の西村さん。

来週に迫った梶原武司さんの結婚式の最終打ち合わせのために、私と宗は副支配人室を訪れていた。


梶原さんは 『源田商会』 取締役の息子さんで 『昭和織機』 の丸田元会長の孫にあたる方だ。 

結婚はまだだが、お付き合いのある女性との間にお子さんも誕生している。 

それなのに、丸田元会長は私と梶原さんの縁談を強引に勧めてきた。

『源田商会』 と 『SUDO』 を婚姻でつなぎ、丸田元会長の力を強めたい思いと、『SUDO』 を、これ以上近衛グループに近づけないための縁組であることは明らかだった。

孫の武司の結婚は認めない、子どもを認知するつもりもない、書類上は独身である。

それなら問題はないはずだという、権力維持のため子や孫も手持ちの駒としてしか見ない、あまりにも身勝手な丸田元会長の考えには、怒りよりも呆れたものだ。

そのような話を黙って受け入れるほど 『昭和織機』 に義理もなかった。

波風をたてないために 「当方の事情により」 と父がやんわりと断りをいれたが、それでも諦めてもらえなかった。


私の話を聞き心配した宗は、お友達のみなさんに相談したそうで……

元会長の思惑を阻止する必要がある、それには梶原さんに結婚してもらおうということになり、狩野さんや沢渡さんなど宗と親しい方々が中心になり、梶原さんの結婚式を密かに企画した。

表向きは、梶原さんの同級生が発起人ということになっている。

親の意向に反し勝手な行動をしたため勘当されたが、本人も気持ちを改めている。 

生まれた子どものためにも、なんとか手助けをしたいと友人たちが集まった……

ということになっている。

このシナリオを考えたのは平岡さんと櫻井さん。 

沢渡さんと霧島さんは、梶原さんの友人たちに接触し了解を得る役となり、狩野さんが結婚式の一切を引き受け、潤一郎さんが丸田元会長の身辺へ自尊心をくすぐるような情報流したことで見事な美談となった。 

丸田元会長が苦手とする三宅会長を 「発起人代表」 として担ぎ出したため、丸田元会長も
首を縦に振るしかなかったようだ。
 

企画は友人のみなさんが奔走してくださったが、私たちも間接的に関わったため、最終確認は私と宗が引き受けた。

会場の提供を申し出てくださった狩野さんと、今回の結婚式のためにお力を貸してくださった西村さんを交え、すべての確認を終え、いまはテーブルに見開きで置かれた古い資料をみながら西村さんのお話をうかがっている。



「あの頃は日本中が浮かれておりましたから、華美になればなるほど良いとされました。

お客さまの中には、もっと派手にと望む方もいらっしゃいましたが、私どものスタンスをお話させていただき、榊ホテルが伝統とするお式をかたくなに守ってまいりました。

先日でしたか、以前私どもで結婚式を挙げたお客様がおみえになられまして、お嬢さまの結婚式をお申し込みいただきました。

お嬢さまが、ぜひ榊ホテルでとのご希望くださったそうです」


「ウチは親子で利用してくださるお客様が多い。ありがたいよ」


「梶原の両親も昔ここで式を挙げたそうじゃないか。

榊ホテルで式を挙げるといえば、了解を得やすかっただろう」


「ご両親さまのお式は私が担当いたしましたので、よく覚えております。

それはそれは、大きなお式でございました」
 


かつてブライダル部門に長く席を置き、その後営業二部をへて管理部部長になった西村さんは、副支配人である狩野さんの補佐も務めている。

格式のあるホテルで、費用をかけずに結婚式を挙げるための秘策は西村さんの提案によるもので、何に費用をかけ何を削るのか、その選択は見事だったと狩野さんは感心していた。

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