ボレロ - 第三楽章 -


話すことによって気持ちが浄化したのだろうか。

嗚咽も漏らす浅見さんの肩に手をおき、私は 「それから」 を語った。



「服飾の勉強の名目で二年間イタリアで過ごして、帰国後父の会社に入社しました。 

宗一郎さんに会ったのは……いつだったかしら、もう思い出せないわ。

何度もお会いするものだから、偶然が重なることもあるものだと思っていたら、それは彼の画策だったとあとで聞かされて……

彼の策に落ちたつもりはなかったのに、いつの間にか私も彼を追うようになって、彼に追われて、離れられなくなってしまった。  

宗一郎さんに会わなければ、親に反抗するなんてことなかったでしょうね。親不孝は彼のせいね」



ふふっと笑いがこぼれ、つられるように浅見さんからも笑みがこぼれた。

彼女の涙が乾くまで笑い、互いの顔を見つめ、それだけですべてをわかり合った。

言葉にしなくても伝わる思いもあるが、言葉にしなければ伝わらない思いもある。

私がさらけ出したことで、彼女は私の思いを汲み取ってくれた。



「宗一郎さん、私の体調の悪さをつわりだと勘違いしたことがあったのよ」


「まぁ」


「彼ね、そのとき将来を考えたんですって。 

来年は家族が増えて楽しいことがあるんだろう、そんなことを思ったんですって。 

それを聞いて、どんなに嬉しかったか」


「副社長らしいですね。お優しい方ですから」



乾いた目に涙が戻った浅見さんは、良かったですね……と私のために喜んでくれた。

彼女の気持ちが嬉しかった。



「副社長に、本当にお伝えするおつもりですか」


「えっ?」


「室長の場合、出血が流産によるものだったのか不明だったと、さきほどおっしゃいましたね。

それでしたら、副社長にお話しなくてもよいのではないかと思いまして……

秘密を抱える辛さはわかります。でも、お話して副社長のお気持ちに……あの……」


「彼の気持ちが変わるかもしれない。

そうなったら、それまででしょう、私たちは分かり合えなかったということですから」


「そんなこと、いけません!」


「でもね、辛いから話すんじゃないの」


「それではどうして」


「彼には私の全部を知ってほしい、すべてを理解してほしいの。

たとえ、彼の気持ちが変わっても……」


「いいえ、そのようなことにはなりません。絶対に、絶対にありません。

副社長はそのような方ではありません」


「浅見さん……ありがとう」



浅見さんの力強い声に励まされた。


いつの間にか窓の外は暗くなり、夜の景色に変わっていた。

それから冷めてしまった紅茶とケーキをいただき、一息つくと打ち合わせにはいった。

私たちは精力的に話し合った。

現在の状況を変えるにはどうしたらよいのか、父の気持ちを動かすためにはいかに動くべきか、意見を出し合い 検討を重ねた。


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