ボレロ - 第三楽章 -

15, con amore コン アモーレ (愛情を持って)



……珠貴 珠貴……


……起きて 時間だよ…… 



もうそんな時刻? まだ暗いわ。

おねがい、もう少しだけ、このまま……


遠くで宗の声がする。

起きなくてはと思うけれど、気だるさが残る体を起こすことができない。

彼の部屋で夜をすごした翌朝は送ってくれる約束だから、もう少しベッドにいても大丈夫。

ここ数日の忙しさから解放されて、やっと落ち着いたんですもの。


それにしても忙しかったわね。

毎日いろんな方にお会いして、結婚の報告をして、そのたびに 「披露宴はいつですか?」 と聞かれて 「決まっておりません」 というと、怪訝そうな顔をされるものだから、私もあなたも返事に困って、曖昧に微笑むしかなくて……

すると、ご両親のためにもお披露目をするべきです、なんて懇々と諭されて……


あぁ、なんて面倒なの、披露宴なんて形式だけなのに。

婚姻届を提出して入籍したのよ。 

結婚したのに、どうしてみなさん、あれこれおっしゃるのかしら。

えっ……



「私、結婚したの?」


「そうだよ、結婚したんだ。忘れちゃ困るな」
 


耳元で聞こえた宗の声に、一瞬にして目が覚めた。

遮光カーテンを開けながら、飛び起きた私を見て宗がくくっと笑っている。

朝日が差し込み、彼の口元に置かれた手がキラッと光った。

薬指に輝く指輪が、結婚は現実だと物語っていた。



「ごめんなさい。急いで支度するわね」


「朝食の準備はできてるよ。着替えておいで」



優しい声をかけ寝室を出て行く宗の背中を見送った。

彼がキッチンからつれてきたコーヒーの香りが私を幸せな気分にさせた。



結婚して発見することって多いのよと既婚の友人たちが言うけれど、本当にその通りだ。

「朝、夫がなかなか起きない」 とよく聞くが、宗には当てはまらない。

前夜どれほど遅く帰宅しようとも、朝は同じ時刻に起きる。

これが一つ目の発見。

私も朝は弱いつもりはなかったのに、疲れが残る体が言うことを利かず今朝は起こされてしまった。

忙しい彼に朝食の準備までさせてしまい、申し訳ないと思いながら何かをしてもらう喜びも感じている。 


もうひとつの発見は、生活能力にすぐれているということ。

一人暮らしが長いとはいえ、家の管理をしてくださる三谷さんがいらっしゃるのだから、彼自身の身の回りは、さほど気にかけていないのではないかと思っていたけれど、意外なほど何でも自分でこなしてしまう。

帰宅すると着替えた衣服はハンガーに掛け、脱いだままにしておくことはなく、読み終えた新聞雑誌類は決まった場所に収納する。

そういえば、急に宗のマンションを訪ねても、部屋が乱雑であったことはなかった。

彼に 「片付けが得意なのね」 と感じたままを伝えると、



「物は常にあるべき場所におく。それぞれの定位置を決めておく、それだけだよ」 



実にシンプルな返事がかえってきた。

合理的に過ごそうと思ったらそのつど動いて片付けることだと、こともなげに言う。


料理はそれほど得意ではないらしいが、朝食くらいなら手間をかけずに用意してしまう。

手順さえわかれば誰にでもできることだと宗は言うけれど、できることをやろうとせず面倒だと感じる男性は多い。

「要はやる気だよ」 と難なくこなす彼の姿に、男性の一人暮らしに持っていたイメージはことごとく覆された。 

それは良い意味で驚きだった。

おかげで私が寝坊しても、こうして優雅に朝食をいただくことができるのだから。


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