ボレロ - 第三楽章 -


浴室にキスの音が響く



「淫靡な音だな」


「誰のせい?」
 

「俺だよ」



しれっとした顔で答えながら 指先で私の胸先を弾いた

やめてと言う声を楽しそうに聞き流し いたずらな手は私の肌で遊んでいる

ひととき戯れていたが しばらくすると彼の方から体を離した

浴槽の縁に腕を置き うつ伏せで湯に体を漂わせる宗へ これまでの疑問を投げかけた



「どうして私が来る時刻がわかったの?」


「うん?」


「電話で予定通りだなって言ったでしょう」


「あぁ 榊ホテルの宮野さんに 珠貴がホテルを出たら連絡してくれと頼んでおいたんだ」 

 
「そうだったの じゃぁ 今朝電話をくれたのはどうして? 今日中に会いたいなんて かなり強引だったけど」


「珠貴が 今日なら夜の時間帯に出かけられるとわかったから……」


「どうしてわかったの?」


「今夜は須藤社長夫妻は留守だと北園さんが教えてくれた 紗妃ちゃんも合宿で留守だって」


「まぁ 北園さんも宗の味方だったの?」


「それだけじゃないよ……」



腕にあごを乗せ 宗が企みを楽しそうに話し出す

明らかになる事実に 私は呆然とした



「今夜は珠貴を帰したくなかった せっかく一緒に夜を過ごしても 朝帰られたら興ざめだよ

明日の休暇を申請しておいた 3月15日は休日だよ」 
 

「えっ? 誰が誰に休暇の申請をしたの? そんなこと勝手に……」


「蒔絵さんに聞いたら 須藤室長の15日の予定は変更可能だとわかった で 彼女に協力してもらった

それと 知弘さんにも話をして了解をもらった」
 

「蒔絵さんや知弘さんまで巻き込んだの 呆れた……」


「俺も去年の失態を挽回したくて必死だったからね でも ここを三日間押さえて二日間いられるんだ

結果に満足しているよ」



何気なく口にしているが 宗が言っていることはとんでもないことだ

もともと部屋数の少ないメゾネットの一室を 三日間も押さえたということは……

聞くのも恐ろしいと思いながら 興味に勝てず聞いてみた



「このお部屋はスイートよね それを三日も……散財させちゃったわね……」


「株主優待を使ったから君が思うほどでもないよ

ただ ホワイトデー前後の連泊の予約は 今後はお受けできませんと言われたけどね」


「まぁ……ご迷惑をおかけしたのね……」


「こうも言われた 特別会員になっていただければ問題ありませんが……とね 

会員になると優先して予約が入れられるそうだ

ということで 来年も俺とここに来る?」


「えぇ 喜んで!」 

 

宗の首にしがみついて返事を伝えた

振り向いた顔が またニヤリと笑う



「毎年だよ いいの?」


「いいわよ これで宗がホワイトデーを忘れることはないでしょう?」


「あはは それはそうだ……なぁ……」


「なあに?」



宗の背中に体を重ね 伝わる鼓動を聞いていたが 次の言葉に胸がいっぱいになった



「いつか家族が増えて……大勢できたら楽しいだろうね

子どもたちが走り回っても充分な広さだよ そう思わないか」


「えぇ そうね……」



宗は言葉足らずで私を惑わしたりもする けれど 偽りのないストレートな気持ちも伝えてくれる

ときどき嫌いになったり 好きだと思い直したり そのたびに彼への思いを書き換える

未来の姿をさらりと口にした彼は 私が大好きな宗だ



「そろそろでようか」


「そうね 眠くなってきたわ」


「それは困る 朝まで付き合ってもらうよ」 



今夜は寝かさないからそのつもりでいて……と意味深なことを耳にささやいてきた

ときどき困ったことを口にするけれど そんな宗も嫌いではない



「夏の夜空も見てみたいね 7月ごろ予約を入れておこうか いい?」


「えぇ その頃……うぅん なんでもない」


「それまでには 君のお父さんと決着をつけるつもりでいるよ」



夜空を仰ぎながら宗が告げてくれた言葉は 私の不安をあっさり取り除いた

彼の手で浴槽から引き上げられた体はバスローブに包まれ そのまま抱き上げられた

彼の腕に揺られながら見る星空は とても綺麗だった



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