ボレロ - 第三楽章 -


奇跡的に再会した日から二週間がたった。

右側の鎖骨近くに残っていた彼の痕跡は日一日と薄くなり、肌の滲みを隠すた

めのスカーフも必要ない。

痕が消えてしまった肌を、ときおり触ってみる。

彼の熱を感じるような気がするのだった。

なぜあの日に限って宗に会えたのか、いまでもわからない。 

少なくとも、私があの日ホテルにいると宗は知っていたことになる。

彼に聞いてみたいが、あれから海外出張のため日本を留守にしていた。

時差の関係から電話ははばかられ、メールでは言葉を上手く伝えられない。


じれったい思いが募っていく。

宗は何かをつかんでいるのではないか。

それから、私たちの近くにいる誰かが、一連の騒動に関係しているのではない

かと思えてならないのだった。

彼の帰国を待って、最初に確かめたいことだった。


宗と会った翌日、私に苦い思い出を残した男性の姿を見た。

昨日に引き続き外部会議に出席のあと、前島さんが待つ駐車場へ向かう途中、

車に乗り込む彼を見かけた。

数年ぶりに見る岡部真一は、以前より少し痩せて精悍な顔つきになっていた。

あえて私から声をかけることもないだろうと、しばらくその場に留まり彼の車

を見送った。

何の感慨もなく見送った自分に驚き、そして、ほっとした。

私にとって岡部真一は過去の人であり、姿を見ても心を乱されることもない遠

い存在になっていた。


ただ……彼が有馬総研に関わりがある、それは見過ごせない事実であり、一連

の報道に関係はないのか確かめる必要があった。

知弘さんには、岡部真一が有馬総研の一員であると伝えた。

私の過去に関わった人物だが、心配するようなことはないのではないかと言う

のが、知弘さんの見解だった。



そして、今日、新たな情報がもたらされた。



「社長の健康を危惧する記事が流れているそうだ。漆原君が知らせてくれた」


「お父さまの? 一時は心配な時期もありましたけれど、

いまは落ちついているわ。どうして今ごろ」


「吸収合併が噂され、社長としての責任が問われている。

そんな中、心身に不安な兆候が見られるとこんな曖昧な表現だが、

取りようによってはなるほどと思わせるものだ」


「そんな……」


「もうひとつ」


「まだあるの?」


「情報の提供は、近衛グループの関係者とされている。

『SUDO』 の社長令嬢に接触した者の話だとか」


「私が漏らしたというの? ありえないわ」



誰が何の目的でこんな記事を作り出しているのか、まったく見えてこない。

マスコミを利用して私たちが慌てる様を楽しんでいる誰かが、この世の中の

どこかにいる。

事件は、また違う局面へと向かっていた。



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