黄金(きん)の林檎
 自分の気持ちを隠すようになって年月が経つと、想うことも隠すことにも慣れて辛くはなくなった。
 ただやっぱり時々、どうしようもなく辛くなる時があって、そんな時は寝ている姉にそっと触れたりしてやり過ごす。

 姉が幸せそうに笑う。
 たった1人の笑顔を見ているだけで俺は幸せになれる。

 けれど月日は残酷なものだ。

 見てるだけでいい。
 ほんの少しだけ触れれば満足だと想っていても俗物な本能が芽生える。

 もっと触れたい、何度も、何度も。
 そして触れるだけじゃ足りないと……飢えが沸き起こる。

 触れてはいけない唇に初めて触れたのは、姉が大学に入って最初の飲み会へ行った時だった。

 どうしたって年齢差による行動範囲の違いが出てくる。
 飲み会もその範囲だ。

 姉が知らない人と知らない場所で過ごす。
 こればかりはどうにもならない。
 そう判っていても心はままならないもの。

 姉の全てが知りたい。
 姉に近づく男は全て排除してしまいたい。
 そんな激しい想いばかりが心を焼き尽くす。

 血の繋がった姉なのに姉以外の女は興味すらない。
 控えめに小さく笑う姉が俺には全てだった。






 まだ中学生だった俺は受験真っ只中。
 夜はきちんと受験勉強をしていた。

 日付が変わる少し前の時間。
 家の電話に姉の友人が電話をかけてきた。
 姉が酒を飲んで潰れてしまったらしく、まだ飲み会が終わらないので終わる前に迎えに来てほしいと……。

 迎えに行けば姉の世界と関われる。
 姉の世界を知るのにいいチャンスだった。
 母が車を出し俺が店に迎えに行った。

 俺は背が高く母似のせいか女性から告白されることが多い。
 この頃になってくると自分が異性にどう見えているのかなんとなくわかるようになった。
 その上、毎日自分の気持ちを隠す日常なのだ。
 すぐに自分の見せ方を覚えた。

 迎えに行った店に入ると、すぐに騒いでいる集団が目に入った。
 良く見れば、端の方に姉が寝かされている。
 そばには1人の女性がいて姉を介抱していた。
 そこへゆっくりと歩いていく。

 一歩近づいていく度に騒いでいる人間がこちらを見る。
 介抱していた女性が顔を上げた。

 その女性ににっこり微笑む。
 でも子供っぽく見えない笑顔なはずだ。

「こんばんわ、連絡くださってありがとうございます。姉を迎えにきました」
「えっと……和泉の弟さん?」
「はい。榛名 稜です」
「私は和泉の友人で三木谷 志保よ」

 そう名乗った人はショットカットのさっぱりとした感じの人だ。
 名前を何度か聞いたことがある。

「誰?」
「榛名さんの弟だって」
「うそ!似てなーい」
「ね。でもなんか結構かっこよくない?高校生かな?」

 あちらこちらで小さい声で会話が聞こえる。
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