黄金(きん)の林檎
「ねーさん、ねーさん!」

 体を揺すられ体をびくっと痙攣させて目が覚めた。
 目の前にキッチンからの明かりで出来た真っ黒なシルエットが浮かび上がった。

 それが誰なのかさっきの声で正体はわかっている。

「稜……くん……」
「ソファーなんかで寝てたら風邪引くよ?」
「うん。ごめん……」

 上半身を起こすと隣に稜が座った。
 私の様子がおかしいことに気づいたのだろう。

「何かあった?」

 予想通りの言葉に小さく笑みがこぼれる。

 稜は昔から私の些細な感情の揺れに敏感だ。
 どんなに隠しても稜は気づいてしまう。

「今日、昼間ね。……亜季先輩が急に家に来たの」
「亜季? って前のサークルの?」
「うん」
「何かされた?」

 心配そうな稜の声に安心感が広がる。

 地獄のようなあの日々。
 そこから引っ張って暖かい家庭を教えてくれたのが稜の母親、喜和子さんだ。
 いつも心配してくれて、稜に私を守るように言ってくれた。

 それから稜はいつも側にいて守ってくれている。

「みきさんって人がいるかって聞かれた……」
「!」

 居間の電気が点いていないのでキッチンから漏れる光では稜の表情がはっきりとはわからない。
 それでも小さく息をつめる音に、全てがわかってしまう。

 稜はみきさんって人と付き合っているのだ。

 胸が苦しくなる。

「みきさんって稜くんの彼女?」

 こんなことオブラートに包んだり、遠まわしに言ったりして聞いても仕方ない。
 思い切ってストレートに聞いてみた。

「……うん」

 稜のまっすぐな返答に胸に痛みが走る。

「友達と映画に行った時、街で偶然、亜季さんと会ったんだ。その時亜季さんと一緒にいたのが棚橋 美紀さん。2人も映画観るって言うから一緒に観たんだけどその一週間後、また偶然美紀さんと出会って少し立ち話しをしたんだ」

 稜が私の手を握る。
 何か秘密の話しをするのだろう。

 稜が手を握るのは秘密の話しをする時のクセなのだ。

「亜季さんとは本当の友達じゃないらしい」
「本当の友達じゃない?」
「そう、亜季さんは自分の都合から友達のふりして利用していたんだ。美紀さん、それを悩んでた」

 まっすぐに私を見てる稜を私も見る。

「亜季さんには俺も断っているのに付き合って欲しいってしつこくされて悩んでいたから、2人で付き合っていることにしようって話しになったんだ。美紀さんは亜季さんと付き合いがなくなるし、俺も亜季さんからのアプローチがなくなるからね」
「じゃあ、付き合っているフリだけ?」
「んー、一応デートしたり恋人同士らしいことはしてる」

 どこまで恋人同士らしいことをしているのか気になってはいたけど聞くのはなぜか嫌だった。

「他に何か言われた?」
「ううん、私が美紀さんを知らないって知ったら、やっぱり付き合ってるって嘘言われたんだって言ってた」
「ああーそっか……。美紀さんのこと、ねーさんにちゃんと話しておけば良かったな」

 困ったような様子の稜に苦笑がもれる。
 亜季先輩にしつこく告白されていたことすら私は知らなかった。

 私はいつも稜に守ってもらうだけで迷惑をかけてしまう。
 私は少し強引に稜の頭を引っ張ってぎゅっと抱きしめた。

「稜くん、気づかなくてごめんね……」
「大丈夫。……気にしなくていいよ」

 背中に腕が回され背中を軽く叩かれる。
 稜なりに私を慰めてくれているのだろう。

 最近お互い忙しくて一緒にはいられないけれど、気持ちが変わったわけじゃない。

「ねーさんにこうして抱きしめてもらうの久しぶりだね」
「そうだった?」
「いつも急に抱きしめられてびっくりしたよ」
「それは稜くんが悲しそうな顔してたから……」

 普通の家庭ではあたりまえに知っていることを私は知らなかった。
 それを知った時、稜はいつも悲しそうに泣きそうな顔をしていたのだ。

 うまく言葉が出なかった私は、慰めたくて必死に手を伸ばした。
 心配させて悲しませることが申し訳なくて、もう悲しまないでほしくて……。

 稜の頭を抱き寄せた。

 最近はそんなことなかったのでやらなくなっていたのだろう。

「ねーさんにこうされると少しほっとする」
「うん。……私も稜くんに抱きしめてもらうと安心するよ?」
「そうなの? じゃあ、また抱きしめるようにしようかな?」

 腕の中で稜が笑う。
 それだけで心が優しくほどけていく。

 やっぱり私にとって稜は何よりも大切な人なのだ。
 彼女が出来たのは辛いけれど、稜がそれでいいならいい。

 大切なのは稜の幸せだから……。
< 17 / 18 >

この作品をシェア

pagetop