黄金(きん)の林檎
 一緒に住んで半年ほどすると少しづつ反応を見せるようになり、名前を呼べば返事をしてくれるようになった。
 そんな些細な変化も俺にとっては嬉しかった。

 家族で俺にだけ反応をしてくれるようになったことが嬉しくて優越感のようなものを感じていたんだと思う。
 その時はまだかわいそうな姉を守ってあげたいと、それだけだった。

 いつものように姉と2人で留守番をしていた時のことだった。
 おやつにメロンがあったので、いつものように2つのお皿に入れて姉に渡す。
 姉はいつも俺が一口食べたのを確認しないと絶対に食べようとしなかったのですぐに口に入れる。
 それを見た姉がおずおずとした動きでメロンを口に入れた。

「どう? 美味しい?」

 聞いてみるといつものように姉が小さく頷いた。
 いつもと違ったのは、姉が珍しく自分から食べている物が何か聞いてきた事だ。

「これって……メロンのこと?」
「メロン?」
「……もしかしてねーさん、食べたことないの?」
「うん……」

 小さく頷く姉。
 もともと何を食べて何を食べたことがないとか、味の感想すら言う事がなかったから知らなかったのだ。
 自分があたりまえのように食べてきた物が姉は食べたことがない。
 そんな衝撃的な話しにショックを受けた。

 その時、姉がどんな生活を送っていたのか初めて理解できたんだと思う。
 母が姉の為に働いてお金を送ったことを憤った自分が恥ずかしかった。
 骨ばった小さな体。
 音に怯える生活。
 自分が何不自由なく生きている間、姉は地獄のような生活をしていた。
 誰にも守られずたった1人で……。

「ごめんね。聞いたりして、泣かないで稜くん……」
「え?」

 小さな手が俺の頬を滑る。
 いつの間にか泣いていたらしい。
 その涙を姉が拭ってくれたのだ。

 慌てて涙を袖で拭いて笑って見せる。

「違うよ! おねーさんとこうして一緒にメロンが食べられて嬉しいなって」
「嬉しい?」
「そう、嬉しいよ……」

 そう言った俺に、姉は初めて小さく笑ってくれたのだ。

「私も……稜くんと食べられて嬉しい……」

 まだ痩せていたが、姉の浮かべた初めての笑顔に俺は世界がひっくり返ったような錯覚を感じた。
 それからは姉の反応が気になるようになり、姉がどうすれば喜んでくれるかばかりを考えるようになった。

 些細なことでも姉は喜んでくれた。
 小さく笑う姉がもっと見たくてたまらない。
 姉が笑ってくれると胸が高鳴った。

 自分が姉を家族として見ていないことに気づいたのは、自分が姉が来た時と同じ年齢になった時だ。
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