眼鏡越しの恋



「・・・・・・・・」


あまりにびっくりすると声が出ないって本当なんだ・・・と、私が思っていると、瀬能君はふっと目を細めて表情を崩した。


普段、無表情な彼の見せた思いがけない表情は息を呑むほど優しくて。
私はお礼も言えずに、黙ったまま瀬能君の顔を見つめていた。


今考えると、ものすごく失礼だと思う。
転びそうなところを助けてもらって、お礼も言わず黙っているなんて。
でもその時の私は意外過ぎる彼の表情と、そのあり得ない状況に気が動転していた。


「ちゃんと前見て歩かねぇと危ないぞ」


瀬能君はなぜか可笑しそうにクスクスと笑っていて。
瀬能君がこんなに笑う人だったなんて、知らなかった私は真っ赤な顔をしたまま、ボーっと瀬能君を見ていた。


「あの・・・ありがとう」


やっと助けてもらったお礼を言ってなかったことを思い出して、私はぽつりと呟くように小さくお礼を言った。


「・・・・・いや、別に礼を言われるようなことじゃねぇよ」


私の言葉に一瞬、瀬能君が驚いたように瞬きをして。
それまでの笑顔を消して、私から視線を外すように呟き返した。


その瀬能君の横顔が少し赤かったなんて。
その表情が少し照れているように見えたなんて。


今考えてもあり得ないことなのに。
そんな瀬能君の普段は見ることのない姿に、私はしばらく目を奪われていた。



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