産後1ヶ月
もともと私の母親は、少し世間知らずな所がある上にどこか抜けている、いわゆる「天然」タイプの女性だ。


メガネを掛けたまま必死にメガネを探したり、デパートのトイレに入り水を流そうとして緊急呼出ボタンを押してしまい警備員が駆け付ける騒ぎを起こしたりと、ギャグのような失敗を真顔で繰り返す。


そういう母親だとわかっていたはずなのに、私はすっかりそれを忘れていたのだ。


退院直後から、母はその天然っぷりを遺憾無く発揮しまくった。


炊飯器の蓋が開かない、洗濯機のスイッチが入らない、買い物に出たはいいが道に迷った。


仕方ない、母は自分の家では無い所で一生懸命やってくれているのだ。


私はイライラをぐっと堪え毎日ひとつひとつ、丁寧に説明した。


ところが何日経っても母のミスが止まらない。


食器洗浄機に汚れた皿を入れ、電源オンのスイッチを押しただけで満足そうにその場を立ち去る。


肝心のスタートボタンを押し忘れているのだ。


夜になり雨戸を閉めようかと言って寝室に向かうが、後で見てみると雨戸だけ閉めて窓は開いたままになっていることもあった。


産じょく期でピリピリしている今の私は、いつもなら笑って済ませる母の行動を笑い流すことが出来ない。


だがいちいちミスを指摘するのも何だか小姑のようで嫌なので、家電の操作法やら我が家での家事の方法をメモににまとめることにした。


本当は息子をようやく寝かしつけ、自分も一休みしたい所なのに。


何とか会社の引き継ぎのような家事マニュアルを作成し、母に渡し、これで何とかやってくれるだろうと思ったのだが、甘かった。


聞いた方が早いわと言って、せっかく作ったマニュアルを見ようともしない。


だがおいおい、と突っ込む気力さえ湧かない。


そしてこの天然よりも厄介な問題がさらに追い打ちをかけてきた。
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