インストール・ハニー

「どうぞ」

「ありがとう」

 とりあえず、うちで一番オシャレなティーカップを使ってみた。来客用のやつ。キッチンで紅茶のティーバックを見つけるのに苦労した。普段飲まないもん! 飲まないのに「飲むから」とか言ってお湯を沸かし、持ってくるのにも苦労した。渡す時、手が震え、ソーサーとカップがカチャカチャと音を立てた。

「いい香りだ。ジャスミンは気持ちが落ち着く」

 あ、あのティーパック、ジャスミンティーだったんだ。それも見てこなかった。

「あのう……。どうすればいいんですかね? あたし」

 カチャ、とカップの音。それすら優雅に見えたり見えなかったり。

「王子様、どこの国の王子様なんですか?」

「君の、スマホの中」

 ……理解できない。白目になりそう。

「ちょっと、パニックなんですけど。なんかスマホから出てきたし。なんかでも人間みたいだし。どこから来たのかなって」

 素直な疑問だったけど、どう言って良いのか分からなかった。とりあえず、何者なのだと。

「なんか、ばっかり言うな君は」

「だって、なんか!」

 まぁ黙って聞きなよ、みたいに手をひらひらさせて、あたしを黙らせる。

「この、スマートフォンの中の……国さ」

 なんだか、話の本当のところを、はぐらかされているような気持ちなんだけど。機械っていうより、インターネットなのかと思っていた。

「まずは、俺の存在理由から話そう。理解してくれ」

「はい」

 思わず返事をしてしまった。存在理由って……。部屋の空気も耳をそばだてる。


「君はなにか理由があって、俺を呼んだ。ダウンロードしたんだ。だから出てきた。呼ばれたんだ」

「別に呼んでないんすけど」

「いや、呼んだはずだ」

 ちょっと。ひとのこと指ささないでよ。呼んでないし! 本当に! 断じて「この部屋に男子を呼びたい」なんて。時々妄想することはあっても。

「たぶん、それ勘違いです。勝手にインストールされちゃってて。」

 彼はひと呼吸置いて、言う。

「胸に手を当てて、考えて。ねぇ青葉」

 栗色の髪に鳶色の瞳。静かに優しさを湛えた表情。そして、陶器みたいな肌。

< 11 / 121 >

この作品をシェア

pagetop